脳と心の仕組みをやさしくほどく話
はじめに
うれしい 悲しい こわい イライラする
毎日の中で当たり前のように浮かんでは消えていく「感情」。
でもふと立ち止まってみると
「そもそも感情ってどこで生まれているんだろう」
「脳のどこかに“感情スイッチ”があるのかな」
と気になったことはないでしょうか。
この記事では
むずかしい専門用語はできるだけ噛み砕きながら
・感情は脳のどこで生まれるのか
・どんな仕組みで動いているのか
・なぜ人によって感じ方が違うのか
を ゆっくり丁寧に解説していきます。
「感情ってやっかいだな」ではなく
「なるほど ちゃんと理由があるんだな」
と少しやさしい目で自分の心を見られるきっかけになればうれしいです。
感情は「脳の一か所」ではなくチームプレイで生まれます
最初に結論をひとつ。
感情は、脳のどこか一か所にある「感情センター」から出ているわけではありません。
いくつもの部位がチームのように連携して「びっくりした」「うれしい」「悲しい」などの感情をつくっています。
よく登場するのは たとえば次のようなメンバーです。
・扁桃体
→ 危険を素早く察知する 警報担当
・前頭前野
→ 落ち着いて考え直す ブレーキと意味づけ担当
・海馬
→ 似たような体験の記憶を呼び出す アーカイブ担当
・島皮質(とうひしつ)
→ 体の内側の感覚と結びつける「気持ち悪い」「心地よい」の担当
それぞれが別々に働くのではなく「今の状況」「過去の記憶」「体の状態」を持ち寄って、感情という“答え”をそのつど出しているイメージです。
なので感情は
「どこで生まれるか」というより
「どんなメンバーがどう協力して生まれるか」
と考えた方が、実際の脳の動きに近くなります。
扁桃体 急な出来事に「危険かも」と反応する場所
感情の話で、まず名前が挙がることが多いのが「扁桃体」です。
扁桃体は、脳の奥の方にある、ちいさなアーモンド形の部分で、おもに次のような役割を持っています。
・突然の音や動きに反応して 警戒モードに切り替える
・表情や声のトーンから 他人の怒りや恐怖を素早く察知する
・命に関わるかもしれない危険を優先的に記憶させる
ホラー映画を観ているとき、急に静かになってから「ドン」と音が鳴ると、心臓がバクッと跳ねることがあります。
あのとき、いちばん最初に動いているのが、この扁桃体です。
扁桃体は「本当に危険なのかどうか」をじっくり考えることはしません。
とにかく「危ないかもしれない」と感じたら、心拍を上げたり 筋肉を緊張させたりして、身体全体に「用心して」と伝えます。
この素早い反応が、恐怖や不安という感情の大事なスタート地点になっています。
前頭前野 感情にブレーキをかけ 意味をつけ直す場所
扁桃体が「危ないかも」と騒ぎ始めると
次に働き出すのが「前頭前野」と呼ばれる部分です。
前頭前野は おでこの奥あたりにある領域で
・状況を冷静に整理する
・長期的なことを考える
・衝動にブレーキをかける
といった“理性”に近い働きをしています。
たとえば 夜道で後ろから足音が聞こえたとき、最初は扁桃体が「危険」と判断してドキッとしますが、すぐに前頭前野が
「いや さっきもこの時間にジョギングしている人を見かけたな」
「声をかけられているわけでもないし 危険ではないかもしれない」
と状況を整理し 安心する方向に舵を切ってくれます。
つまり前頭前野は、扁桃体の出した「第一印象」を いったん受け取り「それ 本当にそんなに怖がる必要ある?」と、意味づけを調整してくれている存在です。
このバランスが崩れると
・ちょっとした出来事で必要以上に不安になる
・頭では大丈夫だと分かっていても 怖さが収まらない
といった状態になりやすくなります。
海馬「前にも似たことあったよ」と教えてくれる記憶係
感情には、記憶も深く関わっています。
ここで登場するのが「海馬」です。
海馬は、体験した出来事を長期的な記憶として、整理する役割を担っています。
たとえば
・子どもの頃 迷子になったときの心細さ
・失敗して叱られたときの恥ずかしさ
・褒められたときのうれしさや温かさ
こうしたエピソードと一緒に、そのときの感情も一緒に保存されています。
海馬は、新しい出来事に遭遇したとき「これは あのときの体験と少し似ているかも」と、過去の記憶フォルダをパラパラとめくり、似たような状況で感じた感情を、今の場面に上乗せすることがあります。
そのため、同じように静かな教室でも「落ち着く」と感じる人もいれば「怒られそうでこわい」と感じる人もいる、といった違いが生まれます。
海馬が持っている“個人の歴史”が、感情の色合いを 一人ひとり変えているのです。
島皮質 体の感覚を「気持ち」に変えるつなぎ役
もう少しだけ、脳の話を続けます。
近年、よく注目されているのが「島皮質」という部分です。
島皮質は
・心臓のドキドキ
・胃のムカムカ
・喉のつかえ
・体のだるさ
など、体の内側の情報を受け取り、それを「不安な感じ」「嫌な予感」などの、主観的な“気持ち”としてまとめる役割を持っています。
たとえば
「なんだか今日は ずっと胸がざわざわする」
「理由は分からないけれど 落ち着かない」
こうした感覚の背景には、島皮質の働きが関わっていると考えられています。
感情は、頭の中だけで完結しているわけではなく、体の状態も一緒に織り込まれている。
島皮質は、その橋渡しをしている大事な場所です。
感情は「脳内会議」の結果として生まれます
ここまで登場した
・扁桃体(危険の検知)
・前頭前野(意味づけとブレーキ)
・海馬(記憶の参照)
・島皮質(体の感覚との統合)
といったメンバーたちは、順番にバトンを渡しているというより、ほぼ同時進行で情報をやりとりしています。
イメージとしては
「今 こんな出来事が起きたよ」という情報が入る
↓
扁桃体が「ちょっと危ないかも」と警報を鳴らす
↓
海馬が「これは あのときと似ている」と記憶を探す
↓
島皮質が「心臓もドキドキしているし 手汗も出ている」と体の状態を拾う
↓
前頭前野がそれらを眺めながら「これは恐怖として扱おう」「これは適度な緊張だと判断しよう」というふうに、それぞれの意見をまとめていくイメージです。
その結果として、私たちの意識の中に
「怖い」
「緊張している」
「なんだか嫌な感じがする」
「じんわりうれしい」
といった感情が立ち上がってきます。
感情は “勝手に湧いてくるもの”に見えますが、その裏では こうした脳内会議が 静かにしかし休みなく行われています。
同じ出来事でも 感じ方が違うのはなぜか
ここまで読んでくると「じゃあ なぜ人によって感じ方がこんなに違うのだろう」という疑問が出てくるかもしれません。
同じ出来事でも
・楽しめる人
・不安になる人
・怒りが出る人
など 反応は本当にさまざまです。
その背景には いくつかの要素が重なっています。
一つは、先ほど触れた「記憶」です。
海馬に保存されている過去の体験が違えば、引き出される感情も変わります。
もう一つは、そのときの「体の状態」と「心の余裕」です。
・眠い日
・疲れている日
・すでにストレスがたまっている日
こうした日は、扁桃体が過敏になりやすく 前頭前野のブレーキも弱りがちです。
さらに、育ってきた環境や性格の傾向によって「こういう場面では こう感じるはず」という、“自分なりの感じ方のクセ”もだんだん形作られていきます。
これらが重なって、同じ雨の日でも「静かで落ち着く」と感じる人もいれば「どんよりして気分が落ちる」と感じる人もいるわけです。
感情に“正解”がないのは、背景となる条件が 一人ひとり違うから、と考えると 少し納得しやすくなるかもしれません。
体が先 心があと という順番もあります
感情について考えるときに、もう一つ知っておくと楽になる視点があります。
それは「感情は、体の反応を後から言葉で説明していることも多い」という考え方です。
たとえば
・心臓がドキドキしている
・手に汗をかいている
・呼吸が浅くなっている
という体の状態を、まとめて「今 緊張している」と感じることがあります。
逆に
・肩の力が抜ける
・呼吸が深くなる
・体がぽかぽかする
こうした体の変化から「安心している」「ほっとしている」と、感情をラベリングしていることもよくあります。
このように、体の状態が先に変化し、それを脳が後から「不安」「うれしい」と名づけているという順番も少なくありません。
だから
「なんだかよく分からないけれど 苦しい」
「理由は説明できないけれど ずっとそわそわする」
という状態も 決しておかしなことではないのです。
体と心は切り離せない、ということを、脳の働きからも そっと教えてくれているように感じます。
ふと気づくとき 感情は「お知らせ」としてやってくる
ここまで 脳の仕組みを中心にお話ししてきましたが、視点を少しだけ変えてみます。
感情は私たちに、
「今 こういうことが起きているよ」
「ここ もう少し大事にしてほしいよ」
と知らせてくれる、心からのメッセージのようなところがあります。
・イライラしているとき
→ 「無理をしすぎていないかな」
→ 「大事にしてほしい境界線が破られていないかな」
・悲しくなっているとき
→ 「本当は失いたくないものがあったのでは」
→ 「誰かに分かってほしいことが残っていないかな」
・うれしいと感じるとき
→ 「ここに自分の大事な価値観があるね」
→ 「これを続けると 心が育っていきそうだよ」
こう考えると、感情は コントロールすべき厄介者というより、少し不器用な でも誠実な“お知らせ役”にも思えてきます。
そのお知らせを届けるために、扁桃体や前頭前野や海馬や島皮質が、それぞれの方法で一生懸命働いている。
そう考えると、心の中で起きる あらゆる感情に、少しだけ「ありがとう」と言いたくなる瞬間があるかもしれません。
おわりに
「感情はどこで生まれるのか」という問いに、一言で答えるのは やはりむずかしいです。
けれど、今回見てきたように、
・危険を察知する扁桃体
・意味づけとブレーキを担う前頭前野
・過去の記憶を引き出す海馬
・体の感覚をまとめる島皮質
こうした脳のさまざまな場所が、体の状態や経験や性格と手を取り合って、一つの「感情」という形にまとめてくれていることはたしかです。
感情は 時に厄介で 面倒で うまくつきあえないこともあります。
ただ その裏側には、あなたを守ろうとする たくさんの仕組みが働いています。
もしこれから「またこんなふうに感じてしまった」と落ち込んだときは、
「それだけ脳や体が一生懸命動いているんだな」
「この感情は何を教えようとしているんだろう」
と ほんの少しだけ 角度を変えて眺めてみてください。
感情はなくすものではなく、うまく聞き取っていくものなのかもしれません。
その第一歩として「感情は脳と体のチームプレイから生まれている」という視点を、そっと覚えておいてもらえたらうれしいです。
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