◆あの君◆第4話:【回想】出会い②

⇒①思い出す時

 「広絵さんなーに?」

 首を傾げながら、呼ばれただろう男性がこちらに向かって歩いてくる。

「コイツが航河。大学二年。一個下ね」
「ちょっ、コイツて。あー、航河、桐谷航河です。宜しくお願いします、千景さん」
「宜しくお願いします」
「……なんか、広絵さんと全然タイプ違うね。入学したての高校生みたい」
「ふっ……なにそれ」
「いや、若く見えるな、って。髪も黒いし、化粧薄い? よね? 広絵さんは、ギャルみたいだし」
「はぁ? 広絵ギャルじゃないし! 大体、広絵も千景も年上なのに、航河馴れ馴れしいよね?」
「馴れ馴れしいじゃなくて、人懐っこいって言ってくれます?」
「えっ。図々しい?」
「ちがーう!」
「……ぷっ……あはは! 何だか2人って、お姉ちゃんと弟って感じだね」

 え? という顔をして、広絵と航河は顔を見合わせた。

「違うし! こんな弟やだ! もっと可愛い弟が良い!」
「俺だってもっと美人なお姉ちゃんが……」
「何か言った?」
「……何にも? 仕事に戻りまーす」

 私に向かって小さく手を振ると、航河君は自分の仕事へと戻っていった。

「はぁ……。あれでも、頭良いトコに通ってるんだよ? 黙ってればそこそこカッコイイのにさ。喋ると残念、ってか、喋ってばっかだし」
「ふふっ。それだと、いつも残念ってことになっちゃうよ」
「あー、そうそう。いつも残念!」
「航河君怒るかな」
「怒んないよ、いつもこんな感じだし」
「面白いね」

 二人は仲が良いらしい。悪態を吐きながらも、その会話が終われば普段に戻れるからだ。
 航河君は、とても一つ下には見えない。大人びて見えるし、『五歳年上です』と言われたとしても、そのまま信じてしまうだろう。

“……私が子どもっぽいのかな?”

 カランカラン──。

 ふいに、お店のドアが開いた。まだ開店前。ということは。

「おはようございます」
「あ……おはようございます!」
「おはよー早瀬さん」
「おお、おはよ広絵。……あれ? 君は?」
「私は藤田千景です。今日から働かせていただくことになりました」
「君がそうか。宜しくね千景ちゃん。俺は早瀬祐樹。社員で、フロアリーダーしてる。店長いなくて困ったら、俺に言ってね。そうでなくても、気軽に声かけて」
「有り難うございます! 宜しくお願いします」
「あ、広絵、キッチンの手伝いしなきゃ。そこのダスターで、テーブル拭いていてくれる?」
「はーい」
「早瀬さんは、ナンパしないでね?」

 よく分からない忠告をして、広絵はキッチンへ入っていった。その入れ違いに、航河君がまたホールへと出てくる。
 早瀬さんは、よくスポーツをしそうな感じだ。あくまでも、イメージだが。さわやか好青年、といった風貌である。日に焼けていて、笑った時に白い歯がキラリと覗いた。

“……いや。割と遊んでる、かも?”

「あ、早瀬さん。おはようございます」
「おっ、航河おはよう。お前が朝一って珍しいな」
「今月ちょっと稼ぎたくて」
「そうなん? あ、航河は千景ちゃんに挨拶した?」
「しましたよ」

 航河君と話している間、何故か早瀬さんはこちらを見てニコニコしていた。

「ふーん。早瀬さん? 千景さんに手出しちゃ駄目ですよ?」
「え? 何で? 可愛いじゃん千景ちゃん。ご飯くらい……」
「ダメです! 早瀬さん千景さんの倍以上の年齢なんだから。本気じゃないならわきまえてください。千景さん? 早瀬さん若くて可愛い子好きだからね。気を付けてね」
「えっ、あっ、う、うん!」
「酷い言い草だなぁ航河。まっ、気にしないでね? 千景ちゃん」

 そう言って、早瀬さんは颯爽とキッチンへと入っていった。反対に戻ってきた航河君は、難しい顔をしている。

「ん? どうしたの?」
「いや……何かあったら、すぐに俺に言ってね。千景さん抜けてそうだもん」
「えっ、それどういう意味?」
「そのまんま。隙多そうだから。あの人は、危ないからね。いい?」
「……うん。分かった」

 まだこの時は、航河君の吐いた言葉の意味を、測りかねていた。

その数ヶ月後、身をもって体験するまで。

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