「広絵さんなーに?」
首を傾げながら、呼ばれただろう男性がこちらに向かって歩いてくる。
「コイツが航河。大学二年。一個下ね」
「ちょっ、コイツて。あー、航河、桐谷航河です。宜しくお願いします、千景さん」
「宜しくお願いします」
「……なんか、広絵さんと全然タイプ違うね。入学したての高校生みたい」
「ふっ……なにそれ」
「いや、若く見えるな、って。髪も黒いし、化粧薄い? よね? 広絵さんは、ギャルみたいだし」
「はぁ? 広絵ギャルじゃないし! 大体、広絵も千景も年上なのに、航河馴れ馴れしいよね?」
「馴れ馴れしいじゃなくて、人懐っこいって言ってくれます?」
「えっ。図々しい?」
「ちがーう!」
「……ぷっ……あはは! 何だか2人って、お姉ちゃんと弟って感じだね」
え? という顔をして、広絵と航河は顔を見合わせた。
「違うし! こんな弟やだ! もっと可愛い弟が良い!」
「俺だってもっと美人なお姉ちゃんが……」
「何か言った?」
「……何にも? 仕事に戻りまーす」
私に向かって小さく手を振ると、航河君は自分の仕事へと戻っていった。
「はぁ……。あれでも、頭良いトコに通ってるんだよ? 黙ってればそこそこカッコイイのにさ。喋ると残念、ってか、喋ってばっかだし」
「ふふっ。それだと、いつも残念ってことになっちゃうよ」
「あー、そうそう。いつも残念!」
「航河君怒るかな」
「怒んないよ、いつもこんな感じだし」
「面白いね」
二人は仲が良いらしい。悪態を吐きながらも、その会話が終われば普段に戻れるからだ。
航河君は、とても一つ下には見えない。大人びて見えるし、『五歳年上です』と言われたとしても、そのまま信じてしまうだろう。
“……私が子どもっぽいのかな?”
カランカラン──。
ふいに、お店のドアが開いた。まだ開店前。ということは。
「おはようございます」
「あ……おはようございます!」
「おはよー早瀬さん」
「おお、おはよ広絵。……あれ? 君は?」
「私は藤田千景です。今日から働かせていただくことになりました」
「君がそうか。宜しくね千景ちゃん。俺は早瀬祐樹。社員で、フロアリーダーしてる。店長いなくて困ったら、俺に言ってね。そうでなくても、気軽に声かけて」
「有り難うございます! 宜しくお願いします」
「あ、広絵、キッチンの手伝いしなきゃ。そこのダスターで、テーブル拭いていてくれる?」
「はーい」
「早瀬さんは、ナンパしないでね?」
よく分からない忠告をして、広絵はキッチンへ入っていった。その入れ違いに、航河君がまたホールへと出てくる。
早瀬さんは、よくスポーツをしそうな感じだ。あくまでも、イメージだが。さわやか好青年、といった風貌である。日に焼けていて、笑った時に白い歯がキラリと覗いた。
“……いや。割と遊んでる、かも?”
「あ、早瀬さん。おはようございます」
「おっ、航河おはよう。お前が朝一って珍しいな」
「今月ちょっと稼ぎたくて」
「そうなん? あ、航河は千景ちゃんに挨拶した?」
「しましたよ」
航河君と話している間、何故か早瀬さんはこちらを見てニコニコしていた。
「ふーん。早瀬さん? 千景さんに手出しちゃ駄目ですよ?」
「え? 何で? 可愛いじゃん千景ちゃん。ご飯くらい……」
「ダメです! 早瀬さん千景さんの倍以上の年齢なんだから。本気じゃないならわきまえてください。千景さん? 早瀬さん若くて可愛い子好きだからね。気を付けてね」
「えっ、あっ、う、うん!」
「酷い言い草だなぁ航河。まっ、気にしないでね? 千景ちゃん」
そう言って、早瀬さんは颯爽とキッチンへと入っていった。反対に戻ってきた航河君は、難しい顔をしている。
「ん? どうしたの?」
「いや……何かあったら、すぐに俺に言ってね。千景さん抜けてそうだもん」
「えっ、それどういう意味?」
「そのまんま。隙多そうだから。あの人は、危ないからね。いい?」
「……うん。分かった」
まだこの時は、航河君の吐いた言葉の意味を、測りかねていた。
その数ヶ月後、身をもって体験するまで。