◆あの君◆第3話:【回想】出会い①

⇒①思い出す時

 私は大学3年になり、今まで働いていたアルバイト先を辞め、新しいアルバイト先へと移った。今まで、カフェの仕事はしたことがなかったが、飲食店のホールの経験はあったし、面接の時の店長の感じも良かったから、特に心配はしていない。
 一度、面接の前に訪れたのだが、本日のランチセットはとても美味しかった。野菜も多く、ワンプレートに綺麗に盛り付けられたそれらは、大いに食欲を増進させた。
 それに、皆ニッコリと接客をしていて、何より、着ている制服が可愛かったのだ。不純な理由かもしれないが、私が働こう、と思うのに、味も環境も制服も、全てが訴えかけてきたのである。

「朝礼を始めます。えっと、まず初めに、今日から働くことになった、藤田さん。一言、いい?」
「初めまして。藤田千景です。宜しくお願いします」

 言い終わると同時に、頭を下げる。朝の朝礼時間。私は今日から、このカフェ【SchwarzWald】で働くのだ。初め読めなくて、検索した。【シュヴァルツ ヴァルド】と読むらしい。ドイツ語で【黒い森】という意味だそうだ。なんとなく、カッコイイ。
 大きなお店では無いが、アットホームで何処か暖かい気持ちになる。

「宜しくお願いします!」

 皆の言葉と、拍手がホールに響いた。歓迎されているようで、ホッと胸を撫でおろす。初めてはどんなことでも慣れない。緊張するのだ。

「どうする? 一通り自己紹介する?」
「別に要らないんじゃない? 皆名札付けてるし」

 そう言って同い年くらいの女の子が、エプロンに付いている名札のケースを指差した。そこには、可愛らしい太字のポップ体で【鮎川 広絵】と書かれていた。同じく可愛らしい、苺のイラストと共に。

「うーん。それもそうか。ひととなりは、話していけばわかるしね。一応。面接の時にも言ったけど、店長の相崎春人です。宜しくね、千景ちゃん」
「あ……宜しく願いします」

“千景ちゃん? びっくりした、名前で呼ぶのね”

 友人間では名前で呼ばれていたが、以前のアルバイト先では、名字で呼ばれていた。なんとなく、年上の男性に「ちゃん」付けで呼ばれるのはこそばゆい。
だが、悪い気はしなかった。なんとなく、早く仲良くなれるような、向こうも、早く仲良くなることを望んでいるような気がして。

「じゃあ、広絵」
「はいはい?」
「千景ちゃんに、ルールとか教えてもらっても良い?」
「いいよ」
「いじめちゃ駄目だよ?」
「そんなことしないし! ちょっと相崎さん酷くない?」
「冗談だって。俺、朝の準備あるから宜しくね」
「もー。いこっか、ちかげ、ちゃん?」
「あっ、はい!」

 鮎川さんに連れられ、一通りの説明を受ける。といっても、多くは作業をしながら覚えるらしい。テーブルの番号だとか、お客さんを案内する時の声出しだとか、洗い物を下げる時の声掛けに、キッチンへ入る時と、洗い物をお願いする時の言葉。何処も似ているようで、前居た場所と、そう変わらなかった。
物の配置やトイレや休憩の時の隠語は、1番2番の番号らしい。

 今説明をしてくれている鮎川さんは、ショートボブのよく似合う、どちらかというとボーイッシュな感じの女性だ。今時のメイクに、綺麗なティーブラウンの髪色。高めの声で、ハキハキと喋っている。人懐っこい。

「ところで、千景ちゃんて幾つ?」
「私はハタチです。今年、二十一になります」
「えっ、そうなの? じゃあ、広絵と一緒じゃん。広絵も今ハタチだよ。タメ口でいいよ、それに、広絵って呼んで? 私も千景って呼ぶから」
「う、うん、分かった。えっと、広絵?」
「うんうん。千景は、学生さん?」
「大学通ってるよ。女子大。広絵は?」
「広絵はフリーター。美容の専門通ってたんだけどね、辞めちゃった」
「そうなの?」
「そうそう。つまんなくって。あ、じゃあ二人目の大学生だ」
「二人目?」
「ここはフリーターが多くてさ。えーっと。……いたいた、航河!」
「……はい?」

呼ばれて振り向いたのは、自分よりも年上に見える男性だった。

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