プチプチ。プチプチ。
小さい頃から、変だと言われた。親からも、周りからも。でも俺は気にしなかった。
プチプチ。プチプチ。
足下を見ると、蟻の行列。捕まえた獲物を、せっせせっせと巣まで運ぶのだろう。
ご苦労様。
初めは偶然だった。たまたま、踏みつぶしてしまった、小さな小さな生き物。
蟻。
誰にだって、そんな経験はあると思う。
踏んだり。捕まえたり。巣を掘りだしてみたり。水を注いでみたり。餌をあげてみたり。
子どもは残酷だ。時に生き物を殺すことも厭わない。可愛い顔をした悪魔。ぴったりの表現だ。どうやら俺は、そのまま大人になってしまったらしい。
たまに公園に出掛け、地面を見下ろす。そこには蟻の列。無性に潰したくなる。衝動。
プチプチ。プチプチ。
巣穴を見つける。持っていたペットボトルに、蛇口から水を注いだ。
コポコポ。コポコポ。
穴に水を注ぐ。穴が小さいからか、すぐに溢れた。
苛々したり嫌なことがあると、いつも公園に向かう。
蟻に王はいない。いや、蟻達の命をどうとでも出来る俺こそが、蟻の王か──。
大人になっても、働くようになっても、彼女が出来ても、それは変わらなかった。あぁでも、彼女にそんなことは知られたくない。きっと気持ち悪がるだろうから。
「久し振りね。仕事忙しかったの? お疲れ様」
「御免御免。残業ばっかりで、なかなか時間が作れなくてさ」
付き合って三ヶ月。初めて出来た彼女。時間が合わなくて、まだ数回しか会えていない。大事な彼女。
そういえば、彼女は不思議な人だった。三歩下がって歩く……といえば、大和撫子なのだろうが。
いつも俺の機嫌を伺っていた。とにかく俺の顔色を見る。喧嘩をしことはないし、注意したり大声を出したこともない。手を出したことも当然ないが、いつも何処か怯えているようだった。
「ねぇ、これかけてみて」
「え?」
差し出されたのは、彼女がいつもかけていた、眼鏡だった。言われたままそれをかける。
「あれ? 度入ってないの? クラクラしないし、見え方が変わらないんだけど……」
不思議に思って外そうとする。しかし、眼鏡は外れなかった。
「なぁ、これ」
「お世話になったわ、私の家族が」
「家族?」
「忘れてないわよね?」
彼女の顔が、どんどん変わっていく。
そうだ、見覚えのある顔。図鑑で見たことがある。
蟻の顔に。
気持ち悪い。動きたいのに動けない。この眼鏡を外したら、元の彼女に戻るのだろうか。
「私の家族。どれだけ殺したか覚えてる? 私は貴方を許さない」
彼女の声が変わる。
「身をもって知るが良い。水が迫る恐怖を。踏み潰される恐怖を」
俺は身体に違和感を覚えた。縮んでいる。
「でも、大丈夫。きっと死ぬ時は一瞬よ。特に潰されるのは」
彼女はとても大きくなった。違う、俺がとんでもなく小さくなったのだ。顔はもう見えない。
コポコポ。
水が流れてくる。少しずつだか、今の俺にとっては恐ろしい量。
必死に逃げる。
「私は蟻の女王。全ての蟻の頂点に立つ者。仲間の恨みは私が晴らす。それにね」
「や……やめてくれ!」
頭の上にはあげられた足。
「もう潰したりしな」
ぷちん──。
「蟻に王はいらないのよ」