「っ……ナオト! 早く開けろ! 人が来ちゃうだろ!?」
「待って! これ難しい!」
「早く!」
僕達ハ──コウシナキャ生キテイケナイ──。
荒廃した世界。貧富の差は広がり、金持ちが権力を握る。一部の人間は、犯罪に手を染めることでしか、生きることが許されなかった。
争いが絶えず、皆が傷付け合う日々。それでも、生きる為に笑う。生きる為に欺く。あまりにも、弱い。
僕は、後者だ。
「──あれ?」
開かない。
店の扉をガンガンと叩いてみる。カードキーを通す場所と、幾つもの見慣れないボタン。小さな店なのに、セキュリティはしっかりしている。
“面倒だな”
横ではツカサが『早く早く』と急かしてくる。
……こういうことは、あまりやりたくないんだけれど。
「違う。ナオト。ロックはこうやって開けるんだ」
「ムラサキ……」
「俺がやる。お前はそこで見てろ。きっと、役に立つ。覚えておけ」
「わ、分かった」
“簡単なロックなら、直ぐに開けられるのに”
慣れた手つきで解除を始める。
「──よし!」
ムラサキが最後のボタンを押す。カチッと小さな音がすると同時に、寄り掛かっていた扉が開いた。
“凄い──! こんな、こんな短時間で──”
誰もいないのを確認して、僕とムラサキが中に入る。ツカサは外で見張り役だ。
「ナオト。レジを開けろ」
「えっ、あっ、はい……」
“お金、盗むのかな”
さっきのロックに比べたら、随分簡単そうな造り。
“これなら!”
ガチャガチャと弄る。
“此処をこうして、こっちを……”
カチャ。
「よしっ!」
思わず声を上げる。いとも簡単に開いたレジ。中身は?
「……無い」
レジの中は空っぽだった。
“それもそうか、営業はとっくに終わってるんだから。持ち帰った後、だよな。”
「あったか?」
「無いよ」
「だろうな」
“分かってるんなら開けさせるんじゃないよ……”
少しふくれて見せる。
「怒るな。見付かるとまずい。出るぞ」
「……はいはい」
すると、いきなりドアが開いた。
「たっ、大変だ! 人が、人が来る!」
ツカサが慌てて近付いてくる。
「!?」
コツコツ──
店の人間が見回りにでも来たのか、足音は徐々に近づいて来た。
「隠れろ!」
ムラサキに言われて身を潜める。
“くそっ! 絶対、見付かるもんか──!”
「誰か、いるのか──?」
いつ見付かるか分からない状況に、頭の中で心音が響く。
“そういえば、ツカサ……は?”
「あっ……!」
ドサッ
“ツ、ツカサ!”
「誰だ!?」
男が振り返った目線の先には、お店の籠を倒したツカサがいた──。
「やば……っ」
「何だお前! 何してるんだ!」
「逃げろ!」
ムラサキの声を聞いてツカサが走り出した。
“くそっ! 何で見付かっちまったんだ!”
「他にもいるのか! 何処だ! 出てこい!」
「……っ……静かにして下さい──」
ブス──ッ。
何かを刺す音。少し、鈍い。
一瞬、ムラサキの手に、何か細くて光る物が見えた気がした。
この日、帰った僕達はたっぷり姉のシオリに怒られたんだ。泣きながら、『心配したんだよ』と。
ズキズキと、胸が痛んだ。
あれから月日は経って。
「僕に開けさせて下さい! お願いします!」
「……頼んだよ、ナオト!」
あの時開ける事が出来なかった、店のセキュリティシステム。今目の前にある、この扉のセキュリティは、あれよりきっと、遥かに難しいんだろう。
あの時の店主は、死亡したとニュースで見た。ムラサキは、俺たちを残して消えた。シオリは、病に倒れた。
僕を守ってくれる人は、もういない。代わりに、僕に守る人が居る。
“大丈夫、きっと……出来る!”
『キット、役ニ立ツ──』
“ホントだよムラサキ。アンタの言う通り……『役に立つ』日が来た──”
僕は、大切な人を守る事が出来なかった。どんなに頑張っても、ムラサキの様に強くもなれなかった。全部全部、大切なモノは手の中をすり抜けていって。
一つ一つ、ボタンを押す。
“これならいける、かも! ムラサキ、アンタにはまた助けられたよ──”
今は、捕らわれたツカサの為に。僕は此処を絶対に開ける。
誰も死なせず、誰も殺さず、どんなに難しくても、必ずやり遂げるから。