掌編:present for ~心配性な弟の一日~

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 「那由多、これ。手伝ってくれたお礼だよ」
「ん? 本命?」
「何いってんの。義理に決まってるでしょうが」

 姉ちゃんに貰ったバレンタインチョコレート。バレンタインに貰ったことには違いない。
 例え義理でも、相手が姉ちゃんでも、ちゃんとお返しはする。今日は一人でその買い物に来た。

「姉ちゃんの好きそうな物、と」

 同じ家に住んでる割に、俺は姉ちゃんの好みを深く知らない。

“そういえば、クッション欲しがってたっけか”

 早速売場に向かう。そこには見覚えのある、先客が居た。

「西園寺、さん?」
「!? 君は……?」

 少し驚いた感じだったが、直ぐに表情が戻る。 仕方ない。 向こうは俺のことを、恐らく知らないんだから。

「えっと、カフェクランベリーの、宮野雛子の弟です。西園寺さんの下で働いているかと」

 姉ちゃんは、大学に入ってから、カフェクランベリーで働いている。何度か遊びに行って、その時教えて貰った。だから俺は、大体の店員の顔と名前を覚えていた。
 しかも西園寺さんは、姉ちゃんの好きそうなイケメン眼鏡。誰にでも丁寧な物腰のクール系、かつ、何処か影のある男だ。

「そうか。君は宮野さんの弟君か」
「はい。いつも姉がお世話になってます」
「いや、こちらこそ、だな。彼女には色々学ばせて貰っている」
「はは。ちょっと抜けたところが有りますから」
「……そうだな」

 思い当たる部分があるのか、小さく笑いながら答えた。

“バイト先でもそうなんだ”

「君、名前は?」
「那由多といいます。あっ、西園寺さんは何か買いにきたんですか?」
「あ、あぁ」
「もしかして、ホワイトデーだから、とか?」
「なっ……ま……まぁ……その……そうだ……」

 そう答えて目線を逸らす。今少し、顔が赤くなったような?

“??? 何でこの人照れて?”

「もーしかして、うちの姉ちゃんに?」
「そんなに詮索するものでは無い」
“……当たったな”

 普段姉ちゃんは西園寺さんの話をよくしてくる。バレンタインのチョコを作った時もそう。『西園寺さんにあげるの』と、教えてくれた。

「でもそういうのって、選ぶのに結構悩みますよね」
「確かに。私も店に来て約3時間になるが、未だ購入していない」

“マジかよ”

「うちの姉ちゃん、バイト先ではどんな感じなんですか?」
「そうだな。いつも明るく、誰にでも分け隔てなく接している」
「うんうん。それから?」
「優しい子だ。お客様に対する対応もよく、物覚えも早い。それに……皆から好かれている」
「西園寺さんも好きなんですか?」
「あぁそう……っ……!?」

“何だ。両思いかよ”

 西園寺の方がよっぽど抜けている。誘導尋問でもないのに、まさか引っ掛かるとは。

「顔、真っ赤、ですよ?」
「そ、そんなことは無い!」

“お。ホントに真っ赤になった”

 真面目な西園寺さん。不意に見せる「素」が面白いから、俺はこの西園寺さんが好きだ。たまにカフェに行った時も、お客さんや店長にからかわれて、顔を真っ赤にしている時がある。

“仕方ない。仲、取り持ってやるかな”

「あーあ。姉ちゃんにこのクッション買ってやろうと思ったのに」
「……?」
「欲しがってたのになぁ。俺にはちょっと高いや」
「那由多君?」
「そうだ西園寺さん! お返しこれにしちゃえよ!」
「なっ」
「ホラホラ。早く買って買って!」
「む……」

 クッションを持たせ、西園寺さんをレジへと促す。

「じゃあな西園寺さん!」
「ま、待ちなさい那由多君!」
「あ。それデカいんだから、ちゃんと帰りも運んでやれよ!」
「君っ!話を!」
「勿論姉 ちゃんと一緒にな! お幸せにー!」
「──!!」

 何か言っているが、気にせずその場を離れた。

“ホワイトデー、楽しみだな”

 エレベーターの近くに行き、案内板に目をやる。

「ふぅ、他に探さない と」

 何かないだろうか。姉ちゃんが好きそうな物、若しくは、必要としている物。

“そういや、ペンダントの石がとれた、って言ってたような”

 次に見る物は決定。早速店の場所を確認し、エスカレーターに乗った。

 姉ちゃんに合うペンダントを買おうと、売場に来た。中々良さそうな物はなく、別の店へ行こうとした時──。

“今日はよく知ってる人に会うなぁ”

 エスカレーターを上る、カフェクランベリーの店長、夏目さんを発見。気になった俺は後をつけてみることにした。

“なんか買いに来たのか? やっぱり”

 幾つかエスカレーターを昇り、辿り着いたのは高級そうなお店。ショーケースの中に置かれているのは、アクセサリーだ。

 前に一度、父さんについて来たことが有る。『折角の結婚記念日なんだから』と、随分奮発して指輪を買って。

“母さん、嬉しそうだったよなぁ”

 少し近づいて、様子を伺ってみる。悪いことだとは分かっているが、好奇心には勝てない。

 余程真剣に選んでいるのか、まだ俺の存在には気付いていなかった。

“夏目さんって……結婚してなかったよな……?”

 今選んでいるアクセサリーは、一体誰に渡すのだろうか? 西園寺さんと同じように、ホワイトデーのお返しだと思うのだが。
 店の子から貰ったとしても、きっと義理チョコ。そのお返しに、高価なアクセサリー類は有り得ない。
「こ……か……」

 何かブツブツ言っているのが聞こえる。

「彼女に似合うのは……これか……それともこれか……」
“──! 女の人へのプレゼント!!”

 夏目さんに彼女が出来たのか。それなら、ホワイトデーのお返しでもおかしくはない。

「すいません、この指輪見せてもらっても良いですか?」
「こちらのプラチナリングで宜しいですか?」
「はい」
「今お出ししますね」

 白い手袋をしたお姉さんが、ショーケースを開ける。指定された指輪に手を伸ばし、夏目さんの前に置いた。その指輪を、じっと見つめている。

“プラチナリングって。高いんじゃないのか?”

「これ……頂けますか?」
「畏まりました。サイズの方は如何致しましょう?」
「9号でお願いします。それから、文字を彫って頂きたいんですが」
「どのような文字になさいますか?」
「ローマ字で、Hinakoで」
「はい。それではこちらでお待ち下さい」

“……ひ……な……こ?”

 お姉さんに連れられ、夏目さんは見えない所に行ってしまった。

「まさか、姉ちゃん?」

  驚きのあまり、言葉が口に出る。

「姉ちゃんは渡せないって!」
「誰が渡せないですって?」

「えっ?」

振り返った先には、際どい格好をした人が。

「アンタ、さっきからずっと見てたでしょ。逸久のことを!」

“見られてた……?”

「いや、あの、」

 何処かで見たことのある顔。

“誰だっけ、誰だっけ!!!”

「まさか、逸久のことが好きなの!?」
「はい? 違いますよ!」
「……」

 じっとこっちを見ている。

“何だよ。誰か思い出せない。絶対知ってるんだけどな”

「……おや? 権田じゃないか。そんな所で何をしているんだ?」

“そうだ! 権田……権田正実……!!!”

 権田正実はタウン誌の編集長で、時々モデルとして表紙を飾ったり、テレビに出たりしている。スタイリストついてんのか? と思わせる、斬新な衣装に身を包み、顔も何というか、濃い。ついでに喋り方がオネエ系で、色々と怪しい噂もある人だ。
 よく、カフェクランベリーに出入りしているのを見る。

 どうして、こんなにインパクトのある人を忘れていたんだろうか。

“インパクト有り過ぎてとんだか……”

「『何をしているんだ?』じゃないわよ。全く! 今日はお店の取材交渉よ!」
「そう怒るな。……ん?」

 夏目さん俺の存在に気付き、こっちに歩いてくる。

“やばっ”

「お、俺、権田さんの大ファンなんです! たまたま見かけて、声かけて良いものか悩んでて!」
「あーらボウヤ。それホントかしら?」
「はい! タウン誌いつも見てます! あの、握手して下さい!!」
「良いわよ。はい」

 手を差し出したその顔は、とても満足そうだった。

“夏目さんの後つけてたのバレたら、何言われるか”

「ボウヤ、何処かで見たことある顔ね。誰かに似てるわ」

“げっ、やばっ!”

「き、気のせいですよ! っと、権田さんにお会い出来て嬉しいです!」

 必死になって気をそらせる。

「君は、何処かで……」

 夏目さんがまじまじと顔を見てきた。

“ばれる!”

「あの、これからも頑張って下さい! 応援してますから!!!」
「有り難う。ボウヤも磨けば光るわ。良いセンスしてるわよ」

“まじ? 奇抜な編集長に言われるとは……”

「嬉しいです! それでは失礼します!!」

 無理矢理会話を終わらせ、その場から立ち去った。

「権田、あの少年は知り合いかい?」
「違うわよ。ただどっかで見た顔なのよねぇ」
「私も見た気がするんだが。似た顔を、何処かで」

「ただいまぁ」
「おかえり那由多。遅かったね」

 リビングでは、何も知らない姉ちゃんが寛いでいた。

「まぁ、色々あってさ」
「ふぅん」

 呑気にお菓子なんか食べている。

「あ、姉ちゃん」
「なぁに?」
「バイト先の店長さんに、バレンタインのチョコあげた?」
「うん。それがどうかし」
「なっ、何でもない!」

 思わず被せ気味に言う。

「? 変なの」

 階段を上がり、自分の部屋へ行く。

「……姉ちゃん……夏目さんにもチョコあげたのか……」

 当然義理チョコなのだろうが。

 ──夏目さんは義理チョコだと分かっているだろうか? 年の差は二十以上あるのに

「偶然、かなぁ……」

 いらぬ心配と思いつつも、気になって仕方のない一日だった。