『放課後──職員室に来るように』
「……厄介やなぁ……」
俺はこの秋から、この如月高校に転校してきた。
元々は地元の高校に通っていたが、父親と喧嘩し、半ば強引に上京。高校は辞めるという選択肢はなく、転校という形で、通い続けることにした。
しかし、その転校先で。
テストで見事に五つ赤点。
しっかり冴木センセに呼び出された。
“やばい、やばいぞこれ。”
深呼吸していざ職員室へ。
コンコン──
「失礼します。冴木センセは」
……いた。
何かを添削してるのか、赤ペンを持って机に向かっている。
「あの、センセ?」
冴木センセが手を止めた。
「来たか。八城、どうして今回呼び出されたか、分かっているんだろうな?」
「は、はぁ。まぁ、その、テスト……ですよね?」
“そら、あんな点数呼び出されもするわな。”
赤点以外のテストの結果。辛うじて免れた物。
「八城。本当に君は……」
「す、すんません……」
「はぁ」
おかしい。今日のセンセはいつもと違う。こう、何かを企んでる目をしている様な……。
「むこう一ヶ月、放課後に補習授業を行う」
「──は?」
突然の宣言。
“むこう一ヶ月って、めっさ学校ある期間やんか!”
「そんな、バイト出来ひんくなるやん! センセ! 俺困るん分かるやろ!?」
生活出来んの、分かってる筈なんに。
「こんな点数ばかりだと、学校を辞めることになるのは、分かっているのか?」
“……うっ……。”
痛いところを突いてくる。
「補習授業の代わりに、プリントと問題集でも構わないが」
可哀相だと思ったのか、元々こっちをさせたかったのか。
“一ヶ月補習授業なんかより、こっちのが良いに決まってるやろが!”
「そ、そっちでお願いします」
渡されたのは、国語と数学と英語の問題集一冊ずつ。それから身についたかどうかを試すプリント六枚。
「期間は一週間だ」
「……はい?」
『短すぎる!』
と反論する前に釘を刺されてしまった。
「無理なら、一ヶ月の補習授業、だが──?」
「……はい」
“バイト出来んかったら飢え死にしてまうわ……”
二つ提示されたはずなのに、俺に選択肢は一つしかなかった。
「うげぇ、さっぱり分からん!」
次の日から、学校の図書館にて勉強。
“これ出来るんやったら、テストで赤なんか取らんっちゅーに。”
思わず頭を抱え込む。
「あ、あのっ」
「ん?」
救世主、降臨。
「よ、良かったら、教えましょうか? その、良かったら、ですけど」
「幸村! ホンマか!?」
「は、はい」
“助かった!”
同じクラスに居ても、殆ど喋ることの無かった俺とコイツ。幸村は頭が良い。テストではいつもトップ争いをしていて、授業中当てられても完璧。
赤点ばかりの俺とは、まるで違う。
今日ほど同じクラスで良かったと思う日はないだろう。
そんなことを考えていたら『それじゃあ』と幸村が隣に座った。
「解らないのは此処ですか?」
「……全部」
「ははは……全部ですか。えっと、何処から始めましょう?」
「じゃあこっちから頼むわ。数学は好かんからな」
一番悪かったのは数学。こればっかりは、どんなに話聞いても解る気がしない。
「じゃあまず指数対数から」
幸村の話を聞きながら問題を解いてみる。
「この二乗部分が…」
「うんうん……。──あぁ! だから次はここはこれになるんやな!?」
「そうですそうです 八城君出来るじゃないですか!」
「へへっ。解ると面白いもんやなー」
あわよくば答えだけ聞いて写そうと思っていた。だけど変更。
「これなら一枚目の確認プリント出来ますよ。やってみたらどうですか?」
「せやな、やってみるか」
さっきまでの俺なら、確実に解けないだろう問題。今はすんなり頭に入って来る。
「あってるかあってないかは置いといて。問題先進んでくわ……」
「凄いじゃないですか!」
「幸村の教え方が上手いんやって」
「僕なんかそんな。冴木先生の真似をしているだけですよ」
きっと冴木センセは教え方上手いんだろうと思う。でも俺は──いつも聞いてない。
“これからは真面目に聞くか……。”
少し休憩。その間、お互いの話をしていた。
「そういえば、八城君は一人暮しをしてるんですよね?」
「あぁ。親父と喧嘩してな。一人出て来てん。バイトせな生活出来ひんねや」
「だから補習授業は嫌だったんですね」
「まぁな」
「でも、どうして喧嘩したんですか? お父さんと」
「……自分の後継げ、言われてな。ちっさい工場やけど。それが嫌やってん」
「!」
「俺は自分のやりたいようにやる。せやから後なんか継がへん」
「八城君……」
「自分も喧嘩したりせぇへんの?」
「……」
“あ……れ?”
黙ってしまった。何か、悪いこと聞いてしまったか?
「僕は、無い、です」
「なんでや? 一回ぐらいはあるやろ?」
「出来ないですよ、怖くて」
父親が、怖い?
「僕も八城君の様に言われるんです。『後を継げ』って。父は、医者だから」
「そ、そうなん?」
「はい。でも、僕は保育士になりたいんです」
「自分、教えるの上手いしほんわかしてるからなぁ。子供に好かれそうやん。向いてると思うで」
誰にでも、優しいしな。
「それは言ったんか?」
「いえ」
“あっちゃあ。暗い顔にしてもうた……。”
「父にそんなこと言っても、聞いてくれないんです」
「何でや? 自分の息子のことやろ?」
「見てないんです。自分の一部としか。だから、意にそぐわない事は、聞いて貰えない」
「……」
一緒か、コイツも。
「俺なら言うに。親子やもん。ちよっとぶつかったくらいで崩れるもんやない」
「でも、あの人は」
「損は無いで。例え突っぱねられたとしても。一つ成長出来るんや」
俺が、そうしたように。
「有り難う、八城君」
「たまには思い切り喧嘩してみぃや。罰なんか当たらへんて」
「うん」
「応援してるで!」
「八城君って、善い人ですね」
「……はぁ?」
「ハッキリ言ってくれるし、親身になって、話を聞いてくれてる」
「ハッキリ言う、ね。ま、それで嫌われることもあるけどな」
「そんな友達が欲しいです」
哀しそうな目。
あぁ。コイツはいつも、周りに尽くして、それでも、上辺だけの関係なんか。
「さぁ、そろそろ続きを始めましょうか?」
「うーん、やめた」
「えっ?」
「遊びに行こうや。今から」
「いっ、今からですか!?」
「そうや? 当たり前やん。こんなんばっかは息詰まるに」
「でも」
「あぁもう! ぐだぐだゆうなや! 行くって言ったら素直についてくる!」
「えっ、えぇ!? 僕は、いいですよ」
「……はぁ。いっつもそうやって避けてるんやろ?」
「うっ……」
図星らしい。
「たまには素直に『行く』ってついてきぃや。友達やろ?」
「! ……八城君……」
「ホラ。行くで? 取って置きの場所、連れてったるわ!」
「……っ……はいっ!」
“ちゃんと笑えるやんか。”
あわよくば、ずっとその笑顔が続きますように。
「あっ、でも、課題は!?」
「そんなん後や! ……自分が教えてくれるやろ?」
「確かに、そうですね。覚悟して下さい! 八城君」
「げっ、勘弁してぇな幸村……」
それでもきっと、今日は楽しい一日になるだろう。
今日だけじゃない。明日も明後日も、その先もきっと。