掌編:キラキラ

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 鴉は呟く。

「あぁ、今日も駄目だったか」

 漆黒の羽を大きく広げ、街を見下ろす。
 日付の変わろうとしている今、外を歩く人は少ない。暗闇が目立つ住宅街を飛び出し、ネオンが輝く大都会へと向かった。

 群れることはなく、ただ一羽として大空を舞う。時には雲に届くようにと高く、時にはスリルを楽しむように低く。
 その姿は、誰が見ても自由。彼が何かを避けるのではなく、周りが彼を避けていく。

 それほど、彼の存在は強い。

「腹も減ったが……」

 お腹に目をやる。しかし今、補食する為の獲物よりも、欲求を満たす為の獲物、それを求めていた。

「これぐらいじゃあ諦めない。さぁ、第二試合を始めようか」

 大都会でも、人気の無い路地裏に目星をつけ、そこに降り立った。
 大きく広げた翼を畳む。静かに目を閉じると、彼は小さく何かを呟いた。

 身体が変化する。黒く大きな翼を持つ鴉は、何処か陰のある、一人の青年へと変身した。ストライプのスーツに身を包み、その見た目だけならば、ホストと勘違いされそうだ。

「さて、行きますか」

 ネオンの中へ消えていく。彼が探す獲物とは。

「あら、貴方、この辺じゃ見ないわね。何処のお店の人かしら?」

 一人の女が鴉に声を掛ける。ミニのドレスに、ブランドのバッグ。ヒールの高いミュールに、ストーンをつけたネイル。髪の毛は盛り、至る所にアクセサリーを付けている。キラキラと輝くその姿に、鴉は優しく微笑んだ。

「こんばんはお姉さん。お店? 僕はこの辺りの人間じゃないんだ」
「あら、そうなの? てっきりこの辺で働いているのかと思ったわ」

 女はくすりと笑う。

「お姉さんは? 何処かお店で働いてるのかな?」
「そうよ。でももう、今日は帰り」
「僕、初めて此処へ来たんだ。良かったらさ、色々教えてよ」

少し申し訳なさそうに、女の顔を覗き込む。

「あら、ナンパ? ……良いわ、教えてあげる。取り敢えず、食事でもどう?お腹空いたのよね」
「勿論……何処へでも」

 二人は歩き出した。

 辿り着いたのは、一軒の居酒屋。奥のテーブルに座り、メニューを手に取る。

「まずは飲み物よね。私はカンパリソーダにしようかしら」
「じゃあ僕は、モスコミュールでも」

 女は他に、幾つかおつまみを頼む。

 程なくして、ドリンクがテーブルに運ばれてきた。

「ここは何に乾杯するべきなのかしらね?」
「二人の出会いに……じゃないかな?」
「そんなクサい台詞も吐くのね」
「目の前に、綺麗な女性がいるんだからね。当然だよ」
「ふふっ、ありがと」

 グラスを重ね合わせる。

「二人の出会いに」
「乾杯」

 鴉は、人の興味を引く話術に長けていた。話を振り、同調し、相手の言葉を引き出す。

 褒めることも、諫めることも、ただの愚痴ならば聞き流すことも、彼にとっては造作の無いことだった。女の一つの変化も見逃さず、最適な対応を取る。そんな鴉に、気分を悪くする者はいなかった。

 アルコールも少し回ってきた頃、鴉は切り出した。

「それ、可愛い指輪だね。彼氏にでも貰ったの?」

笑顔で女の薬指を指す。薬指には、大粒のルビーの指輪がはめられていた。

「これ? 違うわ、お客に貰ったの」

 女は続けた。

「指輪なんて、困るだけなのにね。断りきれなくて、取り敢えずはめてるだけ」
「いらないの?」
「いらないわ。でも捨てる訳にもいかないし。泥棒に盗んで貰いたいぐらいよ」
「随分と物騒なお願いだね」

 二人は笑い合った。

 そして今度は、鴉がニヤリと笑い出す。

「その願い、叶えてあげようか?」
「え?」

 鴉は女の目に手をかざし、呟いた。

「おやすみ」

 そう、優しい声で。

 夜空を舞う一羽の鴉。そのくちばしには、ルビーの指輪。
“カラスは光モノが好き、だからね。”

 獲物を巣に持ち帰る。そこにはルビーの指輪だけでなく、沢山の宝石が輝いていた。

「君はいらないものを処分出来て、僕は欲しい物を手に入れる」

 空に向かい一鳴きする。

「それって、素晴らしい事じゃない?」

 暗闇に、鳴の鴉き声だけが響いた。