掌編:夢色ノ今日、鈍色ノ明日。

スポンサーリンク

 初めての彼氏は、3つ上の先輩。私が大学1年の時、彼は大学4年。

 とても大人に見えたし、周りに優しい彼、何より、人懐っこい笑顔が素敵だった。同じ大学で、同じ学部だから、学年は違えど顔もよく合わせる。

「都って、いつも名城先輩のこと見てるよね。あっ、ひょっとして、先輩のこと好きなの?」

 友達にも言われるほど、私はいつも先輩を目で追っていた。たまに目が合うような気がしたが、見られることが恥ずかしくて、見ていない振りをすることもあった。

 私の片思い。それが実るなんて、今でも夢なんじゃないかと思う。

 見つめるだけの毎日も、先輩が卒業すると同時に終わり、彼は社会人になった。卒業式の日、思い切って連絡先を聞く。
 恥ずかしくてなかなかメール出来なかったが、携帯に入った先輩の名前を見るだけで、いつでも繋がっているんだと、幸せを感じた。

 私は4年になり、就職活動も無事に終わったが、どうせなら先輩と同じ会社に行きたかったな、とも思った。

 この時、何年経っても私は先輩が好きだ、彼女になりたい、この人しかいない、と強く感じたことを覚えている。

 初めて、先輩にメールを送った。初めてのメールで、告白するなんて、自分でもよくやったと思う。

「お久し振りです、都です。あの、私、先輩の事が好きなんです。付き合って下さい」

 心臓が張り裂けそうなほどバクバク鳴り、手は震えて上手く動かせない。

 正直、内容は覚えていないが、返信を貰ったことが嬉しくて嬉しくて、その日は寝付けなかった。
 ただ、あまりの嬉しさに、アドレスを先輩の名前の入ったものに変更した。幾らでも候補が出てくる。止まらない、ほど。
 そして、先輩用に、と、着信音も変更した。

 そこから毎日メールした。毎日何を話そうか、色々考えることが楽しくて、寝ても覚めてもそればかり考えていた。

「おはよう」
「おやすみなさい」
「今日何してた?」
「今度のおやすみ、何処に行こうか?」
「私ね、可愛い服を買ったんだ」
「今度やる映画、面白そうだよね」
「駅前に、新しいカフェが出来たの。一緒に行かない?」

 初めての彼氏が、大好きだった先輩。

 忙しくてデートも出来なかったが、明日、漸く先輩とデートすることが出来る。

 やっと、やっと。

 フリルの付いたシュシュに、花柄ミニのワンピース。

「似合うよ」
「可愛いね」

 そういって貰えるように、先輩、いや、秀明さんの好きな恰好を選ぶ。

 明日、会える。
 あぁもう、大好きだよ、秀明さん。早く、早く会いたいな。

▽▽▽

 気付いたのは就職活動中だった。前々から視線を感じるとは思っていた、が、気のせいだと思っていた。自分の勘違いだ、と。

 自分の勘違いが『勘違い』であると分かったのは、それから暫くしてからである。

「なぁ、あの子お前の知り合い? まさか彼女?」

 何気ない友人の一言。

「え? 誰?」

「ホラ、あの子だよ。ずっとお前のこと見てるぞ?」

 友人の視線の先に目をやる。そこには、小柄な女性がポツンと立っていた。

「いや、知らない。マジ? ずっと見てるの?」
「あぁ、ここ最近ずっと。気付いてたんだけどさ、あまりにも見過ぎてて、何か聞きづらくって」
「視線……何となく感じててさ。気のせいだと思ったけど、違ったのな」
「お前のこと好きだったりして」
「おいおい、冗談やめろよ」

 そう言いながら、腕を軽く小突く。
 ちらりと視線を彼女にやると、顔を俯け足早に去って行った。

 それからというもの、学内を移動すると、彼女の存在が気になるようになった。話し掛ける訳でも無く、近付いて来る訳でも無い。ただ、こちらを見ているだけ。
 何度か目をやったが、その度に彼女は視線を外し、何処かへ行くのだった。

 卒業を迎えた日、あの彼女から、手紙を渡された。その場の空気に負けて、手紙を受け取ったが、立ち止まったままいっこうに帰る気配はない。仕方なく手紙を開ける。

 そこには電話番号とメールアドレスが書かれていた。

「うん……?」
「連絡……下さい……」

 そう聞こえた。ここに連絡しろというのだろうか。恐らく彼女のものだろう。

「えっと……」

 やはり動く気配はない。

「連絡……」

 今すぐ連絡しろと? 早く帰りたかった俺は、無言で携帯を手に取り、書いてあるアドレスに空メールを送った。

 すると、彼女の方からバイブ音が聞こえた。やはり本人のもののようだ。携帯を開き、メールを確認したのだろうか。口を開く。

「電話番号……」

「あ……あぁ」

 電話番号を載せメールを送ると、彼女は満足したように笑う。そしてそのまま去って行った。

“はぁ……何だったんだ? 一体。”

 彼女の行動はよく分からなかったが、この時の自分の行動を、俺は後悔することになる。

 社会人になり、毎日忙しい日々を送る。大変ではあるものの、充実した毎日。あっという間に過ぎる日々に、俺は満足していた。

 そんなある日、一通のメールが届いた。

「好きです。付き合って下さい」

 差出人の名前を見て、少し考える。誰だか思い出せなかった、が、必死に記憶の糸を手繰り寄せ、一人の人物に行き当たった。

“あの──卒業式に連絡先を聞いてきた子か──!”

 彼女の不可解な行動が、漸く理解出来た。好きだから、あんな行動を。

 気の利いた言葉は思い浮かばない。ただ、

「御免、君の気持ちには応えられない。好きな子が居るんだ。だから付き合えない」

 そう返信した。

 それなのに。

 アドレスを変更した、と、彼女から届いたメールをよく見ると、見覚えのある単語がアドレスに入っていた。

 俺の名前。偶然か、悪戯か。

 一層仕事が忙しくなり、時間に追われる日々を送っていた俺は、見なかったことにして携帯を閉じた。

 この日を境に、おかしなメールが届くようになる。

「おはよう」
「おやすみなさい」
「今日何してた?」
「今度のおやすみ、何処に行こうか?」
「私ね、可愛い服を買ったんだ」
「今度やる映画、面白そうだよね」
「駅前に、新しいカフェが出来たの。一緒に行かない?」

 友人に送るような、中にはまるで、彼氏に送るような内容もある。毎日毎日毎日毎日、あのアドレスから、親しげなメールが届く。

 流石に怖くなった。

 気に入っていたアドレスだったが、背に腹はかえられない。番号も教えていたことを思い出し、携帯ごと新しい物に変更した。

 勿論、彼女には教えないままで。

▽▽▽

 仕事は軌道に乗り、定時で帰れる日もちらほらと出てきた。

「名城、お疲れさん。今日はもう帰って良いぞ」
「あっ、はい。有り難うごいます」
「いやいや、たまにはデートもしたいだろ?」
「やめて下さいよ先輩。そんな相手、俺にはいませんって」

 苦笑いをしながら、頬を掻く。

「なんだ、居るかと思ったんだけどな。ま、気を付けて帰れよ」

 先輩に促されて、俺は足早に会社を出た。

 駅に着くと、ポン、と肩を叩かれる。振り返ると目の前に、フリルの付いたシュシュで髪を結び、花柄の丈の短いワンピースを着た女性が立っていた。

「秀明さん。お待たせ」
「え?」

 意味が分からない。
 知らない女性が目の前に立っている。

「えと、君は……?」
「秀明さん、待ってたわ。さぁ、早く行きましょ」
「だから、誰?」

 にこにことこちらを見る女性に、少し苛立つ。

「今から駅前のカフェに行くんじゃない。どうしたの?約束したのに」
「……あ」

 その言葉に、以前受けたメールを思い出した。

「まさか君──」

『あの変なメールを送ってきた子か?』

 そう聞こうとして、彼女の言葉に遮られた。

「彼女との初デートなのに、忘れてたの? 秀明さんたら、酷いんだから」

 拗ねたように、少し頬を膨らませながら言う。

「ウソだろ? 俺は君となんかつき合ってないし、それに」
「悪い冗談は嫌いよ。えぇ、大嫌い」

 目つきが変わる。

“これ……話が通じないんじゃ?”

 怖くなった俺は、彼女に背を向け、走り去った。

「はぁ……何だったんだよあれ……」

 先程の光景を思い出す。と同時に、今までのことが蘇った。

 学校での視線。何処にでも居る彼女。連絡先の交換。メールでの告白。一方的なメッセージ。携帯を変えたこと。そしてそれは教えていない。

「勘弁してくれよ……」

 住んでいるマンションの前に着き、そう呟く。

「それは私のセリフよ、秀明さん。いきなり居なくならないでよね、ビックリしたんだから」
「!」

 声も出ない。目の前に居たのはあの女性。

「予定は変更かしら。いきなり家に誘うなんて、大胆なのね」

 口元が歪む。

「秀明さんとなら、何処へだって行くわ。さぁ、行きましょう?」

 腕を掴まれたが、咄嗟に振り払った。
 彼女の眼の色が変わり、低い声で唸るように言う。

「仕方ないのね。あぁ、怒ってないわよ? でも、彼女にそんなことするなんて、いけないわよ、ね?」
「お前なんだよ! 俺の彼女じゃ」

 言いかけたところで、鈍い痛みと共に暗闇の中に落ちる。

「貴方の彼女よ? 秀明さんの、彼女」

 彼女は笑ったが、俺にその笑顔は見えなかった。