沈黙だった。2人を包む独特の空気。
彼の顔が近づいてきたかと思うと、次の瞬間には口を塞がれていた。
声も出ない。
きっと、さぞかし驚いた顔をしていただろう。唇を離し、私の顔をじっと見つめた後、彼はもう一度私にキスをした。
そんな、ただの、夢。
なんて関係でもなかった。ただの友達、でも、距離は近い。歩く時に互いの手が当たっても、腕がぶつかっても、どちらも何も言わない。
目の前に顔があっても。
さり気なく肩に手を回しても。
袖口を掴んで歩いても。
お互い、何も。
そんな近過ぎる距離。
出かけた時のまるで儀式のような。
「それじゃあね」
「頑張れよ」
そう言って、手を差し出す彼。別れ際の握手。右手でしっかりと手を握り、この瞬間を惜しむ。
少なくとも私は。
もう少しだけ、このまま。
電車を何本も見送る私に、彼は何も言わずに付き合ってくれた。駅のホームで、ただただお互いの話をした。
歩く時、少しでも触れたくて。夜道に託け彼のコートの袖を掴む。手を繋ぐことはない。
でもきっと、指をそっと掴んだら、優しく握り返してくれるんじゃないか。そんな淡い期待を抱きながら、何度も何度も袖を握った。
いつもは握手だけの別れ際。そっと頭を撫で、肩を抱き、私を電車へと送り出した。
幸せだった。友愛の印でも、男女の感情がなくとも。彼の手は心地良かった。
ドキドキしたと、正直に告げた。
「あれくらいで動揺するなんてまだまだ。俺の勝ちだね」
真意は分からなかった。でもきっと、深い意味はない。そう思った。思い込んだ。
だって、そう、もう一度撫でて欲しいと伝えても、答えはNOだったから。
それ以上を望みたかった。
それ以上は望めなかった。
ある日、階段ですれ違う。
「ずるい」
一言、私は彼に言った。彼の指先を、ぎゅっと握って。泣きそうな顔、だったのかもしれない。
少し困ったような顔。
「お前のがずるい」
そう言いながら、彼は私の手を握り返した。空いた手で頭を撫でられた。
しないんじゃなかったの?
「普段負けっぱなしなんだよね」
そのまま抱き寄せられる。
少しの沈黙。じっと私を見る真剣な眼差し。
彼の顔が近づいてきたかと思うと、次の瞬間には口を塞がれていた。
声も出ない。
きっと、さぞかし驚いた顔をしていただろう。唇を離し、私の顔をじっと見つめた。
「俺だって男なんだよ。無防備過ぎ」
バ ツの悪そうに呟く。
「俺以外にすんなよ。……また、後で」
彼はもう一度キスをして、その場を去った。
神様、望んで良いのであれば、もう少しだけ、この続きを私に下さい──