第104話:【現在】最後に伝えたかった② (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 「千景ちゃん変わったね」
「……変わってないよ」
「いや、変わった」

 道端で何を始める気なのだ。駅までの道、人通りはまださほど多くは無い。それでも、周りにどう見られるのかは気になる。

「俺、千景ちゃんのこと、ずっと……ずっと好きだった」
「……え?」

 今ここで言うのかと思った。告白されるだなんて考えていなかった。──もしかして、ひろ君が許可を出していたら、あの日に言われたのだろうか……。

「千景ちゃんに告白された後は、それでも、別に……振っても。そのままの関係が続くと思ってた」

 航河君は、目を逸らしたまま話す。

「いて当たり前だったから。彼女とか、付き合うとか、そういうのは考えてなかった。でも、その後千景ちゃんがどんどん離れていって、バイトも辞めて、連絡も取らなくなって、こんなに辛いのか、って思うくらいの喪失感に襲われたんだよ」
「……そうなの」
「それから、誰とも付き合えなかった。皆、千景ちゃんと比べるようになって。千景ちゃんが一番俺のこと分かってくれて、一緒にいて安心出来て、楽しかったんだって」

 ──聞いているか。昔々の私。貴女のあの時の告白という努力は、思いもよらない形で今、自分に返ってきている。

「千景ちゃんに会いたくて、誘ったけど結婚してて、でもその後も忘れることが出来なくて。連絡もゼロが良いって思ってたけど、ただ苦しくなるだけだった」

 ──貴女が感じたことは、きっと航河君も感じていたのだ。報われたか、泣いて泣いて、泣き腫らした私。

「……もう結婚しているから、無理だってことは分かってる。もう千景ちゃんとは、付き合うことも、昔のように仲の良かった時に戻ることも出来ないのは」

 ──そうだ。動いた針は止めることも戻すことも出来ないし、私の心は動くこともない。過去の私に、そっと手を伸ばして背中をそっと叩くくらいしか。

「それでも言いたかった。俺は千景ちゃんが好きだ」

 ──あの時、一番好きだった君の口から聞けたら、私はどんなに幸せだっただろう。それはもう夢物語で、私は現実を生きている。

「……そう。ありがとう」
「千景ちゃん……」
「お礼を言うわ。きっと、昔の私が聞いたら喜ぶと思う」
「昔……」
「好きになってくれてありがとう。私は君の気持ちに応えることは出来ないけど。敬意を表するわ。……偉そうに聞こえたらごめんなさい。でも、嫌われるよりずっと良いしね」

 私は今、どんな顔をしているのだろう。自分では分からない。声は震えていないし、嗚咽も漏れることのない今、きっと泣きそうな顔はしていないだろう。

「告白するのは、勇気がいるよね。うん。私もそうだった。……付き合いたい訳ではなくて、ただそれを伝えたいだけでも」

 自分が告白した時と重ね合わせていた。私はあの時、心の奥で付き合いたいと思っていた。誰かに渡したくない、その笑顔を他の人に向けて欲しくない。そう思っていたのだ。

「ありがとね。少し……少し、あの時の私が報われた気がした」
「……」
「あ、ホラ、行かなきゃ。折角定時で上がったのに、帰るの遅くなっちゃうよ」
「……あぁ、そうだね」

 航河君は力なく笑った。私には、それが何を意味しているのか分からなかった──。

「それじゃあ、此処で」
「……また明日。最後の日だけど、宜しく」
「うん、明日1日宜しくね」

 バイバイ、と、手を振って改札で別れた。

 動揺はしなかった。ただただ、昔の私のことを考えて、少しでも報われたことに心が反応した。
 告白されたことにお礼を言えたから、私の中では十分だった。気持ちに応えられないのは事実だし、好きだったのは昔の話。

 きっと航河君も、これから私を思い出にして、前に進んでいくのだろう。航河君に振られた私があの日、それまでのことを思い出にしたように。