第102話:【現在】一生のお願い (あの時、一番好きだった君に。)

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 「えーっと? なんでついてくるのかな?」
「……気のせいでしょ? 俺がついて行ってるように見えるのは」
「いや、でも、家の方向違うでしょ」
「気にし過ぎなんじゃない?」

 何故か最寄駅で航河君が共に降り、私の後ろをついてくる。なんだかストーカーみたいで怖い。……なんて言ったら、航河君に怒られるだろうか。

 だってそうも思いたくもなる。仕事を上がり、帰路に着くと、いつの間にか航河君が近くにいた。同じ電車に乗り、同じ駅で降りる。何処かへ行くのかと思っていたが、そんなことはない、後ろにいた。

 航河君と私の家の方向は、こんなに一緒に歩くほど近くない。そもそも、降りる駅だって違う筈。なのに何故ここに居るのか。

「あー、そう。アレ、アレだよ。雑貨屋さん。教えて」
「え。どっちかっていうと、近所ってったって、駅の方が雑貨屋に近いんだけど」
「……そういうことは早く言ってよね!」
「今聞いておきながら何でそんなに偉そうなの」
「……別に」
「戻る? 建物の外観で、多分分かると思うけど。中も見えるし」
「……」

 航河君は何とも言えない顔をしたと思ったら、眉間に皺を寄せて、頭をわしゃわしゃと掻き始めた。

「……俺の、一生のお願い」
「うん?」
「30分──いや、5分で良い。時間が欲しい。話す時間が」
「……どうして?」
「言ったらきっと、旦那さんに良いよと言われても、千景ちゃんはきてくれない」
「そんなの分かんないじゃん」
「それを言ったら、話す内容がなくなっちゃうからダメ」
「ええぇ……」

 こんなに妙に積極的な子だったろうか。昔はもっと受け身で、思わせ振りで、自分のしたい方に相手を持っていかせるような態度や、言葉の選び方をする子だったのに。

「──千景?」
「──え」

 名前を呼ばれて振り向く。この声を聞き間違える訳がない。ひろ君だ。ひろ君が私達の後ろに立っていた。

「どうしたの?」
「いや、航河君が雑貨屋に行きたいとか……でもお店は駅の方が近くて……」

 どう説明して良いのか分からず、思わずしどろもどろになる。それでも何となく、ひろ君は察してくれたようだった。

「帰ろう。今日は俺早かったから、ご飯作るよ」
「本当に? ありがとう。──それじゃあ航河君、雑貨屋さんは駅の近く、【シュタイナー】ってお店だ」
「旦那さん! お願いがあるんです!」
「え、何ですか急に」

“えっ、ちょっ──なんなの!?”

 突然の航河君の台詞に、私もひろ君も驚いた。それでも冷静なのはひろ君で、要領を得ない言葉にもきちんと返している。

「夕飯の時間もあるので、お暇したいのですが。娘の迎えもありますし」
「あの、10分、いや、5分! 5分で良いんです! 千景さんと2人でお話しさせてくれませんか?」
「──すみませんが、会社でお願い出来ませんか?」
「少しで良いんです!」
「……会社だと不都合でも?」
「いえ、そういう訳じゃ……」
「では、会社でお願いします。早く娘を迎えに行かないと。時間がありますので。駅の方まで向かいますから、お送りしますよ。──雑貨屋まで」

 それ以上何も言えなくなった航河君は、『大丈夫です』とそう言って、来た道を戻っていった。
 その姿が見えなくなるまで、私とひろ君はその後ろ姿を見つめていた。

「俺が夏乃迎えに行ってくるから、千景は家にいて」
「でも、ご飯もあるし……」
「待ってない保証はないでしょう? 家にいて。来ても出ないで」
「……分かった」

 私は家へと向かい、ひろ君は保育園へと向かった。

“まさかひろ君に直談判するなんて……。ビックリした……”

 どうしてそうまでして2人きりで話したいのだろう。家のドアを開け、私は大きな溜息を吐いた。

“もしかして……いいえ、そんなことは……”

 考えついた可能性を否定したくて、大きく首を振りながら。