第99話:【現在】綾ちゃんからの電話 (あの時、一番好きだった君に。)

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 外は雨の音が響く。声がきちんと聞こえるように、私は音量を上げた。

「──もしもし」
『あ……千景さん……?』
「うん、どうしたの?」
「すみません、急に電話なんかしてしまって』
「大丈夫だよ。気にしないで」
『有り難うございます』

 今のところ、声におかしなところはない。震えてもいないし、普通に話しているように感じられる。

「今日、凄い雨になっちゃったね。大丈夫だった?」
『それが、ロングスカートで行ったので裾がびちゃびちゃで。靴も、パンプスだったんですけど、染みてきてストッキングが気持ち悪くて』
「ありゃぁ……それは災難だったね。もう帰ってきたの?」
『はい、先程帰りました』
「お風呂入らなくて、大丈夫?」
『取り敢えず拭いて着替えたので、大丈夫だと思います。ご心配をかけてしまってすみません』
「私は良いのよ。気にしないで」
『……有り難うございます』

 私から話を振ることは出来ない。綾ちゃんが自ら話してくれるのを待つ。
 電話での沈黙もあまり気にはしない方だが、今回は内容が内容だけに、重々しくなってしまった。長い時間、この空気には耐えられない。

「……お風呂入ってからでも良いよ?」
『……いえ。先の方がいいと思ったので。じゃないと、どんどん連絡を後回しにしてしまいそうで』
「そう。分かった。ゆっくりで良いよ、繋いでおくからさ」
『千景さん、今外なんですか?』
「うん。その方が、話し易いかと思って」

 私の周りからは、雨の音ばかりが聞こえる。きっと今、綾ちゃんにもこの音が聞こえているだろう。

『……ふぅ……。あの』
「うん、なぁに?」

 自然と口調が優しくなる。

『告白、してきました。私』
「……うん」
『それで、その結果なんですけど』
「うん」
『やっぱりと言うか、なんと言うか。……その、振られちゃいました』
「……そうだったんだね」
『桐谷さん、好きな人がいて』

“あぁ──そうだね”

『お試しでも良いから、一度付き合ってもらえませんか、って言ってみたんですけど。それは出来ないって言われて』

“──うん。言うと思ってた”

『好きな人も、誰かちょっと聞いてみたんですけど。教えてはもらえませんでした』

“きっと、知らない方が良い”

『長い間、片思いなんだそうです。……何だか、羨ましいなぁって。そんなに思ってもらえるなんて』

“そんないことは無い。そんなことは無いんだよ”

『初めて告白したんですけど、泣いてしまいました。……やっぱり、辛いですね。覚悟はしていたんですけど』

“綾ちゃんの気持ちはよく分かるよ”

『優しさに勘違いしちゃって、迷惑でしたよねってお伝えして』

“ごめんね。もっと早くに、私が彼に言えば良かったんだ”

『勘違いさせたならごめん……って、言われちゃいました。……でも、私が悪いんです』

“違うの。綾ちゃんが悪い訳じゃ無い”

『あっ、でも、凄くスッキリした気分です。また顔を合わせた時、今までと同じようにお話ししたり、反応出来るかは心配ですけど……』

“私もそうだったよ……”

 綾ちゃんの話をじっと聞きながら、時々相槌を打った。心の声はとてもじゃあないが口にすることは出来なかった。言わない方が良いこともある。

 綾ちゃんは凄い。こうして話している間にも、泣いている素振りは見られなかった。私はあんなに泣いたのに。単純に一緒にいた長さの違いなのか、それとも思いの強さの違いなのか──

『ダメだったって報告になっちゃいましたけど、お話し聞いてくださって有り難うございました』
「良いの良いの。……ごめんね、気の利いた言葉の一つも掛けられなくて」
『とんでもないです。聞いていただけただけで十分なので』
「……そっか」
『そろそろ、お風呂に入ってきますね、少し冷えてきた気がしちゃって』
「うん、風邪引くといけないから」
『はい。それじゃあ、おやすみなさい』
「おやすみなさい」

 電話を切り、私はドアの前に座り込んだ。コンクリートが濡れていなくてもヒンヤリする。

「あぁ……そうか……」

 駄目だったのか。

 私はやり場のないこの気持ちを胸に、静かに涙を流した。