第97話:【現在】そわそわ① (あの時、一番好きだった君に。)

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 私がデートに行くわけではない。告白するわけでも。しかし、私はとても緊張していた。
 今日、綾ちゃんと航河君は水族館に出かけている。2人きりで。そして、その後綾ちゃんは告白する。航河君に。思いの丈をぶつけるのだ。

 お昼を挟んで朝からずっと上の空の私に、ひろ君も夏乃もはてなマークが浮かんでいるのは分かっている。私に何かある訳ではないのに、どうしても落ち着かない。

 綾ちゃんが告白する。その後の未来は私にはみえている。でもそれは、綾ちゃんには伝えていない。伝えることなんか出来なかった。水を差すだなんて。
 万が一に、航河君が『試しに付き合ってみよう』そう言う男性になっていれば、それはそれで良いのかもしれない。綾ちゃんの努力は、報われるのだから。

 もし、綾ちゃんが振られたとしたら、航河君にその理由を聞くのだろうか。もし聞いたとしたら、航河君はなんと答えるのだろうか。

 好きな人がいる?
 好きじゃないから付き合えない?
 そう言う相手としてみていなかった?
 妹にしか思えない?
 今は誰とも付き合う気がない?
 彼女は必要ないんだ?

 ──分からない。

 『付き合えても付き合えなくても、連絡を入れます。多分、その日の内に』綾ちゃんはそう言っていた。だからきっと、私はすぐに結果を知ることになる。それが良くとも悪くとも。なんと声をかけるか、考えておかねばならない。

 今の私には、悪い結果しか浮かんでいなかった。自分が告白した時のことと、航河君の性格。そして、直人の言う好きな人から。でも、それを分かっていることが綾ちゃんにバレてはいけない。
 当たり障りなく、かつ、思いやった言葉を選ばなければ。

 勿論、振られていること前提で話し始めてもいけないし、振られたとして全く驚かないわけにもいかない。だからと言って過剰な反応は不要だし、万が一上手くいった報告だった時に、必要以上に驚いてもいけない。

「ママー? こわいおかおしてる?」
「えっ、そう? そんなことないと思うんだけどなぁ」
「なんかねー、イー! っておかおだよ」
「うーん……嫌だ?」
「ううん。どこかいたいのかなぁ? って」
「痛くないよ、ありがとう。心配かけちゃったかな、ごめんね夏乃」
「なつのはいいよ」

 表情に全て出ていたらしい。そんなにも心に余裕がないとは思っていなかった。

 この調子で連絡が来るまで過ごしていては、どうにも身体がもたない。ストレスが溜まってしまう。

「夏乃、今日はママとお菓子作りしようか」
「わーい! なつのシュークリームがいい!」
「シュークリームかぁ。ちょっと難しいけど、作ってみる?」
「うん!」

 こんな時は、別のことに注力するに限る。夏乃と一緒にシュークリームを作ることにした。工程もそこそこあり、生地とクリームの両方を作らなければならない。幸い材料は揃っており、本を見ながら夏乃と準備を始めた。

 今頃は、水族館で2人で自由に泳ぐ魚を眺めているのだろうか。それとも、食事でもしているのだろうか。もしかしたら、うんと早めに昼食を済ませ、2人でカフェでお茶をしているかもしれない。

 なんにせよ、綾ちゃんにとってとても有意義な時間を過ごしているだろう。そしてきっと、上の空だ。
 私はそうだった。この後のことを考えて、頭がいっぱいになるのだから。

“航河君好みの格好していったのかなぁ。そのまんまでもそうなるんだけど”

「……ママ? そのはかっているの、【しお】ってかいてあるよ? おしおそんなに使うの?」
「えっ? あっ! 間違えた!」
「もー!」

 ウッカリしていた。こんなミスをするなんて。準備段階に気付けて良かった。

 ──私の方がよほど上の空だ。

「雨降ってきたから洗濯物取り込むよ?」
「あ、お願い」

 ひろ君がひょっこりとキッチンに顔を出す。

 暫くすると、室内にいる私にも聞こえるほど、大きな音で雨が降り始めた。まるで、空が大きな声で泣いているように。