今日は、一番早くプロジェクトの部屋の扉を開けた。珍しく一番乗りだ。いつもは綾ちゃんか宮本君が1番に来て、そのあとから人が増えてくる。大体私は2番目か3番目なのだが、誰も居らず明かりの消えた部屋は少し物悲しい気がした。
“珍しいなぁ。いつもは必ずどっちかがいるのに”
ピッ──ガチャッ──
「おはようございます」
「あ、おはよう宮本君」
噂をすればなんとやら、宮本君が2番目にやってきた。
「あ……七原さん」
「何? 今日珍しいね。私よりだいたい早いのに」
「……それなんですけど。ちょっと、相談があって」
「どうしたの?」
「実は……」
ピッ──ガチャッ──
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます!」
タイミング悪く、リーダーが来てしまった。宮本君は、リーダーの前では言い辛いことだったのか、『また後にします』と席へ戻って行った。
“やばい。朝から気になる”
中途半端な気持ちのまま、今日の仕事がスタートした。
気にしていたのだが、綾ちゃんは今日は遅めの出社だった。時間内ではあったのだが、いつもよりも格段に遅い。そして、航河君はいつも通りの出社だった。
あれから、航河君からは特に連絡は来ていない。私の最後の接触は、不審者そのものだっただろうに。何も疑問に思わないのか、分かっていて敢えて何も言ってこないのか。
仕事中に変わりはない。それに、航河君と綾ちゃんも普通に会話している。
綾ちゃんからは、まだ映画の日取りは連絡されていない。まだ決まっていないということなのだろう。このまま無しになってしまえばいいのに。本気でそう思っているが、都合良くいかないことは分かっている。
「あ、七原さん。こっちの入退場の方もお願い。来月分更新しておいたから。チェックして、客先にメールアドレスとIDの申請しといて」
「分かりました」
いつの間にか、新しくプロジェクトに加入する人、プロジェクトから撤退する人の、アカウント管理までするようになっていた。
仕事としては張り合いがあるが、『困った時は七原に聞け』みたいな雰囲気になっているのが辛い。私に分からないことは多いのに。
“正直めんどくさい”
本音がうっかり口から溢れないように、しっかり閉じながらファイルを開いた。
“……あ”
きっと、口を閉じていなかったらそのまま声になっていただろう。来月の退場者に【桐谷航河】の名前があった。そして、【沢木綾】の名も。
“そっか。来月までなんだ”
きっともう、航河くんは知っているだろう。綾ちゃんはどうだろうか。綾ちゃんがもし知っていたら、来月航河くんがいなくなる前に、そして、自分が去ることになる前に、告白するようにと考えているかもしれない。
“……やっぱり、避けられないんだよね”
2人分の再来月以降のIDとメールアドレスの削除申請、新しく来る人達の登録申請の準備をする。そうだ、誰だっていつまでも同じ場所に留まっている訳では無い。普段なら気にも留めないこのアカウント管理も、今日は何処か違って見えた。
いなくなることが分かった今、正直私はほっとしていた。航河君の言動を気にしなくても良いし、今までのことを思い出さなくて済む。
……平穏な日常、は言い過ぎかもしれないが、昔や誰かに振り回されるように、考え思い、感じることはなくなる筈なのだ。
ここから去っていくのであれば、恐らく、これから連絡を取ることはなくなるだろう。そうしたら、関わりは途絶える。また航河君がいない日々に戻るのだから。戻ってきたら、とか、もしもの場合は敢えて考えないようにする。
「よし。これでオーケー、と」
事務的にメールを送った後、私はこっそりと、宮本君にkiccaを送った。先程、私に相談しようとしていたものが何だったのかを確認するために。