第91話:【回想】持つべきものは (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 「よ。千景」
「……摩央? どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわよ! 人が心配して来てやったのに」
「え? なんで?」
「はぁ? 『航河君に振られた』ってメールして来たからでしょうよ!」
「え、あ、ごめん。ありがと」
「ったくもう……。入るよ」
「あ、うん」

 驚いた。メールを送って、恐らくお風呂に入っていた時間しかないのに、摩央が私のところまで来てくれた。

「1人なんだから、チャイムなったらインターフォン越しに出なさいよ。危ないでしょ」
「……考えてなかった」
「あーあ」
「……ごめん」
「寝るだけ?」
「……うん」
「ホラ、どうなったか摩央さんに話してみなさい」
「……振られた」
「知ってるわよ! そうじゃなくて、経緯よ経緯!」
「……ご飯食べて、公園に行って、告白して、振られた」
「……はぁ。仕方ない」

 立っていた摩央は、私の横に座った。

「……今日は、あの服を着ていったの? 一目惚れだったスカート。それで、髪も巻いたの? コテが出しっ放し。好きな格好って言ってたもんね。……航河君の」
「……うん。スカート穿いて、ミュールと、ふわふわの髪……」
「頑張ったんだね。珍しいもん、千景がそうやって気合い入れるの」
「うん、頑張った……頑張ったの私……。……私……」

 ポロポロと止まった筈の涙がまた溢れてきた。そして、抑えていた感情も一緒に。

「好きだった!……本当に、好きだったの……!」
「知ってるよ。よーく知ってる。千景が、航河君のこと、どれだけ好きだったか」
「優しくて、カッコよくて、面白くて……」
「紳士で千景のこと守ってくれたもんね」
「ほんとう、は──ちょっとだけ、期待、してたの……」
「分かるよ。仲が良かったからね。もしかしたらって思うよね。──私も思ってたもの」
「でも、すきじゃないって、そういうふうに、みてないって……」

 言葉が濁る。うまく喋れない。

「いいよ。千景が思うこと、全部ぶつけて。私が聞いてあげるから。千景は1人じゃないよ、大丈夫。ホラ、話してみて」
「う──うああ──うああああ──!」

 泣いた。今までにないくらい泣いた。

 好きじゃないなら。

 どうして、あんなに優しくしたの。
 どうして、あんなに近くにいたの。
 どうして、私から離れなかったの。

 どうして。どうしてどうして。

 好きじゃないのに、彼氏の振りをしたの。祐輔とのことに口を出したの。お揃いのキーホルダーを買ったの。何度も2人で出かけたの。私が男の子と出かけるのをよく思わなかったの。口を出すの。

 そんな態度がなかったら、好きにならなかったかもしれない。こんなに、苦しまなかったかもしれない。

 ──期待だって、しなかったかもしれない。こんなに泣かなかったかもしれない。

 何で私は今泣いているの? 悲しい気持ちでいっぱいなの? 分からない。分からない。

 言わなければ良かった。そうしたら、せめて航河君に次の彼女が出来るまでは、友達以上恋人未満の関係を続けられたかもしれない。曖昧で心地の良い時間を過ごせたかもしれない。あの笑顔を、声を、言葉を、独り占め出来たかもしれない。

 私はそれを自分で壊した。好きだから。壊したんだ。

 もう、元には戻れない。壊したものは元には戻せない。きっと、航河君もそれを望んではいないだろう。

「……一番好きだった……」
「うん」
「今までで、一番……」

 私は立ち上がり、思い出して鍵を手に取る。

「どうしたの?」
「……これ」
「それ、航河君に……」

 航河君から貰った、クマのキーホルダーだ。ずっとつけていたから、もう汚れてしまっている。

「付けてちゃいけないの。もう、私」
「……千景がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 カチャカチャと鍵から外し、キーホルダーを握り締めた。思い出と気持ちが沢山詰まっているこのクマは、私の宝物だった。

“……今までありがとう。楽しかった”

 私はそのクマのキーホルダーを、片付け用のダンボールへと入れた。