第90話:【回想】好きな気持ち (あの時、一番好きだった君に。)

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 「……え?」
「ずっと……ずっと好きだった。航河君のこと」
「いや、いやいや、冗談でしょう? 千景ちゃ」
「冗談で言えるわけないじゃん? こんな大事なこと──」

 きっと、私は今泣きそうな顔をしている。怖い、返事なんか聞きたくない。今すぐにでもこの場から逃げ出したい。可能ならば『冗談だよ! 信じちゃった?』なんて冗談の振りをして、無かったことにしたい。でも、それは許されない。

 もう、言葉は紡がれて、外に出てしまったのだ。

 実際、泣くのを我慢して口は半開きだし、口で小刻みに呼吸をしている。閉じてしまったら涙が溢れてしまいそうだから。
 スカートを握った手をそのまま開くことも出来ず、その状態で震える身体を抑えていた。

 顔を見て話さなきゃいけないのに、顔が見れない。顔を見るのが怖い。その表情が、目が、口が、何を語るのかを知るのが。

 私に今出来ることはなんだろう。せめて、今のこの空気を取り繕うことくらいか。

「あっ……あ、あぁ、きゅ、急にごめんね! その」
「──ごめん」
「……え……あ……」
「ごめん。俺、千景ちゃんの気持ちには答えられない」
「……こう、が、くん」
「千景ちゃんとは付き合えない。その、勘違いさせていたならごめん」
「私、その」
「なんていうか、そういう目線で、千景ちゃんのこと見てなかった……だから、ごめん」
「そ、そんなに謝らないでよ」

 答えが出て、どこかホッとした自分がいた。でもそれは、とてもとても小さな自分で、それ以外の感情にすぐに押し潰されていった。

「大丈夫! その、なんていうか、私の自己満足? みたいなのだから」
「千景ちゃん」
「分かってた、うん、分かってた。でも、告白しないと後悔する気がずっとしてて、だから言わなきゃって思ってたの」
「千景ちゃん」
「スッキリした! 話を聞いてくれて有り難う! 今日、付き合ってくれて嬉しかったよ」
「千景ちゃん!」
「……なぁに?」

 漸く見ることが出来た航河君は、何故か涙目だった。分からない。泣きたいのは私の方の筈──

「……じゃあなんで、なんで泣いてるの?」

 そう言われて、初めて涙を流していることに気が付いた。頬を伝う涙は、外気に晒されて少し冷たい。

「あっ……あ──」

 自覚してから涙は止まらない。止めようと思えば思うほど、どんどんと溢れてくる。

“……やだ。こんな姿見られたくない……!”

 嗚咽混じりの言葉すら出てこない。手は震えたまま。全身で航河君の言葉を受け止めて、全身で感情を表していた。

「千景ちゃん……」
「だ、いじょ……、うん……だいじょーぶ」
「大丈夫じゃないでしょう?」
「大丈夫なの……!」

 航河君が伸ばした手を、私は振り払った。

「あ……ごめん……」
「いや、今のは俺が軽率だった。……送っていくよ」
「いい。……ひとりで、帰れる、から」
「危ないでしょう。駄目だよ」
「いいの。……お願い、ひとりで帰らせて」

 その言葉は、自分でも驚くほどスラスラと出てきた。まだ涙は止まっていないのに。

「危険だよ。もう暗いし、人通り少ないから」
「すぐそこなの。平気」

 私はベンチから立ち上がった。

「──あ」
「危ない!」

 フラッと足元が揺れる。航河君に支えられ、バランスを取り戻した。

「だから言ったじゃん!」
「……ごめんね。私は航河君のことが好きだから、だからこれ以上はもう優しくしないで」
「……っ」

 目を逸らし、航河君は手を離した。

「おやすみなさい。今日はありがとう。……サヨナラ」
「千景ちゃん、その言い方……」
「平気よ? バイトは今まで通りだし。あ、でも、皆には内緒にしててね? 気を遣われるのも嫌だから」
「……わかった」
「おやすみなさい、航河君」
「……おやすみ、千景ちゃん」

 フラフラとした足取りだという自覚はある。それでも、一歩一歩進んでいた。

 家に着き、摩央に連絡を入れ、お風呂に入ったところまでは覚えている。

 ──ピーンポーン

 チャイムだ。

 いつの間にかお風呂を上がり着替えていた私は、なんの躊躇いも無く、誰か確認しないままドアを開けた。