「ご馳走様でした」
「美味しかった。ご馳走様でした」
素敵なお店を後にし、歩き始める。もう少し居たいようなそんな気持であったが、私には時間がない。まだこの後、航河君に告白しなければならないのだから。
「暗くなるの、だいぶ遅くなったよね」
「そうだね。あ、今日ヒールでしょ? それ。歩くのに気を付けて」
「有り難う。一応、ヒールがしっかりした奴選んだから、大丈夫な筈」
「千景ちゃんドジだから。何もない所で転ぶでしょ?」
「う……」
「用心してね」
「はーい」
航河君は、私のことをいつも心配してくれる。そんなに危なっかしいのかと思うが、抜けていると他の人にも言われるから、その通りなんだろう。
「この後どうする? カラオケでも良く?」
「あ、あのね。行きたいところがあるの」
「何処?」
「ちょっと、公園」
「公園?」
「……うん。私の家の近くの」
「分かった、良いよ」
──もう、後戻りは出来ない。
公園は、夜になると人気もなくなる。正直、告白する場面は誰にも見られたくない。邪魔されたくない気持ちもあるし、何より恥ずかしい。だから、出来るだけ誰も来ない所を選んだつもりだ。
家の近くの公園は、しっかりと手入れがしてあり、遊具も綺麗である。座るベンチもあるし、周囲をトレーニングで走っている人もいない。
時折、何処かの家に帰る人や、家から漏れる笑い声は聞こえてくるが、気にならないレベルだった。
辿り着いた公園は、人気もなくシンとしていた。風でサワサワと揺れる木々の葉が、静寂に独特の音を落とす。
「取り敢えず、座ろうか」
「うん。ベンチ空いてるね」
私達はベンチに座った。ひんやりとした感覚も、すぐに失う。
夏独特のこの空気と、夜の温度。時々聞こえる柔らかい虫の鳴き声。暑いのも虫もは嫌いだが、この感覚はどちらかといえば好きだった。
「あー……暑い」
「これからもっと暑くなるとか、想像出来ないよね」
「出来ないね。でも、プールと花火の季節か。海、山、川、どれも人で賑わうね」
「そうだね。航河君は、何処かへ行くの?」
「俺は友達と海に行く予定。千景ちゃんは?」
「卒業旅行があるからね。色々とそっちに回していくか悩み中」
「なるほど。また皆で花火する?」
「また警察来ちゃうかもよ?」
「その時はまた、店長に前に出てもらう」
「大学生に間違われるまでが、一通りの流れだよね」
「そうそう。あれは衝撃的だったなぁ」
「童顔だとは思ってたけどね。警察に間違われるとは思わなかった」
空を見上げると、月が輝いていた。
「あ、そういえば、早瀬さん覚えてる?」
「……忘れたくても忘れられないわ」
「戻ってくるらしいよ。来年っぽいけど」
「え、そうなの?」
「多分、年度明けかな。人手不足で、向こうから打診が来たんだって、俺はどうだ? って」
「度胸ある」
「あんなことしたのにね」
「本当だよ」
「一応報告はしたけど、人手不足には敵わないみたい」
「なんかブラックみたい」
「あ、でも、年度明けっていうのが、せめてもの配慮らしいね。千景ちゃんがいなくなってから」
「……他に被害が出ないと良いけど」
「ほんとそれ。あとさ……」
私達は、今まで出会ってからのことを、まるで回想でもしているかのように話し始めた。
誰が決めたわけでもないのに、その話は止まらない。昔を懐かしむように、時々空を見上げては、話を続けていた。
「結構濃いなー、こうやって振り返ると」
「そうだね。嫌なこともあったけど、だいたい楽しかった」
「いつも千景ちゃんがいた気がする」
「あはは。そうかな?」
「今後とも、宜しくお願いしまーす」
「……あ……」
いつもの調子で応える航河君に、私は言葉が出なかった。
「あれ? どうしたの?」
「……航河君、あのね……」
「うん?」
「あの、私……」
“今……しかないよね”
手にじんわりと汗をかく。怖くて恥ずかしくて逃げ出したくて、スカートをぎゅっと掴んだ。
「大丈夫? 気分悪い?」
「……なの」
「え?」
「好きなの!」
ビュウ──と今日一番の風が吹き、大きく枝を揺らした。
「航河君が……好きなの……」
今にも消え入りそうな声は、辛うじてその風の音にかき消されることなく、言葉を耳へと運んだ。