第88話:【回想】デート③ (あの時、一番好きだった君に。)

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 目の前に置かれた料理はとても美味しそうだった。絶妙な加減で焼かれたビーフに、食欲をそそるオニオンソースの匂い。カラフルな生野菜にコントラストのマッシュポテト。そしてスープ。

「……美味しそう」
「早く食べよう、いただきます」
「いただきます!」

 スッとナイフが肉に入り込む。柔らかい肉は口に含むと肉汁と共に甘みが口に広がった。

「……これは感動」
「美味しい?」
「柔らかいしお肉が甘い。食べる?」
「食べる。俺のムニエルも美味しいよ。一口交換しよう」
「うん」
「……じゃあ……はい」
「え」

 航河君は切り分けた鮭をフォークに刺し、私へと向けた。

「どうぞ」
「あ、有り難う」

 差し出されたまま、パクリとそれを口にした。この鮭もふわっとしていて、口当たりがとても軽い。バターの風味がよく、濃厚ながらくどくない。

「俺も。ちょーだい」

 そういって、航河君は口を開けた。

“……同じようにしろってことなのかしら?”

「どうぞ」

 私は食べ易い大きさにローストビーフを切り分け、オニオンソースに絡ませてフォークに刺すと、そのまま航河君の口元へと運んだ。

「……うん!美味しい!」

 躊躇いもなく私が食べさせる形であるのを受け入れる航河君。お互いに【あーん】をしあったのは、少し恥ずかしい。

“うう……きっと傍から見たらカップルに見えるのに……”

 これももう、今日で終わりかもしれない。告白した結果、どうなるのか今の私には分からないから。

「料理は美味しいし、お店は綺麗だし、俺これから通うわ」
「あはは。それは良かった。気に入ってもらえて」
「どうしたらこんなお店見付けられるの?」
「うーん。足で稼ぐ、かな?」
「なんかドラマの刑事みたい」
「実際そうだよ。ネットや雑誌に載ってないお店で美味しい所なんて、幾らでもあるでしょう?」
「確かに」
「探求心と行動力だよね」
「千景ちゃんのそういうところ、尊敬するわ」
「やだ有り難う。嬉しい」
「今後ともお願いしまーす。美味しいご飯沢山食べたい」
「たまには自分でも探してよ?」
「そりゃあ勿論。見付けた時は千景ちゃん誘うわ」
「ありがと」

 ──今話していることは、果たして守られるのだろうか。今までであったら、素直に喜んでいただろう。でも今日の私は喜ぶことが出来なかった。この後待ち受ける最大のイベント次第で、2人の今後は変わっていくのだから。

 美味しいものは、胃に消えていくスピードが速い。2人共ペロッと平らげ、デザートとドリンクを待っていた。

「お待たせ致しました。本日のデザートとお飲み物になります」

 真っ白でふわふわとした生クリームの添えられたガトーショコラが、本日のデザートらしい。ちょこんと生クリームの上に乗ったミントの葉が可愛いかった。

「お料理は、如何でしたかな?」

 デザートを運んできたのは、ウェイトレスではなく、あのカウンターの奥にいた白髪の男性だった。

「とっても美味しかったです! 焼き加減もソースも、最高でした!」

 私は短いがありったけの感情を込めて答えた。本当に美味しかったのだ。勿論、笑顔も忘れない。

「僕も美味しかったです。また来ようと思ってます」
「それは嬉しいね、有り難う」

 男性はニコニコしながら、私達のテーブルにデザートと飲み物を置く。思った通り、カップとポットは、カウンターの奥に置かれていた物のようだった。

「こんな仲の良さそうなカップルに気に入ってもらえたなら、おじさんも嬉しいよ。是非、これからも2人のデートコースに使っておくれ」

 そう言いながら一杯目の紅茶をポットからカップに注ぎ、男性はニコニコした笑顔のまま、カウンターへと戻って行った。

 私の前に置かれたカップは天使。手に矢を持ちハートが周りにあしらってある。これがもしエロスだとしたら、とんでもない演出だ。
 私は航河君の顔も見ず、紅茶ミルクを注いで飲み始めた。