第86話:【回想】デート① (あの時、一番好きだった君に。)

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 「うぇぇ……胃が痛くなってきた。緊張するなぁ……」

 遂に、この日が来てしまった。私が航河君に告白する日が。前々から予定していたとはいえ、いざその日を迎えると、心臓の鼓動は早く、普段かかない掌に汗をかいていた。
 バイトをし始めた当初の私は、きっとこんなこと想像もしていなかっただろう。これだけ人を好きになり、離れたくなくて、ずっと一緒にいたいと思ってしまうほど、誰かに惹かれることを。

 待ち合わせの場所で、私は一人ウロウロしていた。航河君はまだ来ていない。昨日一晩考えたこの格好は、何処もおかしくはないだろうか。そんなことを考えながら。

 髪の毛はコテとミスト、オイルを使ってゆるふわに仕上げた。伸ばしておいて良かった、くるんとした毛先を見ていると、自然と笑顔になる。
 スカートは、普段は穿かないロングスカート。フレアで少しボリュームがあり、シフォン素材な分涼しげだ。淡い緑色のグラデーションで、一目惚れして購入した。
 上は白い半袖のブラウス。リボンタイが付いているから、少しカチッとした印象もあると思う。同色でエンボスのようにストライプの細めのラインが入っており、遊び心もある。
 足元はスカートに合わせて深い緑色に。すっかり良い天気と予報で聞いていたから、ヒールのさほど高くない、しっかり踵のミュールにした。余り歩くこともないだろうという想定で。

 我ながらお嬢さんなコーディネート、と思ったが、航河君がロングスカート、ふわふわな髪の毛の女の子が可愛い、と言っていたから、今日は頑張った。
 ……もしかしたら、そこからタイプも変わっているかもしれないが、今は気にしないでおこう。

「……お待たせ! 千景ちゃん」
「あ、航河君お疲れ様」
「ごめん、待たせた?」
「ううん、少し前に来たところだから、大丈夫だよ」
「良かった。……あれ。今日雰囲気違うね」
「そう?」
「髪巻いてるし、珍しくロンスカじゃん。良いトコのお嬢さん、って感じ」
「……変?」
「ううん、似合ってると思うよ」

“やった! 良かった! 気づいてくれた!”

 思わずニヤニヤと笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。

「ありがと。可愛い服あったから、つい買っちゃったんだよね。気分転換もしたかったし」

 ――これは嘘だ。航河君のタイプから、この格好を選んだ。

「良いんじゃない? そういう格好も、たまにするのも」
「ね。新鮮で面白いよ」
「俺もイメチェンしようかな」
「え、何着るの?」
「……スーツ?」
「会社勤めでもないのに?」
「他に浮かばなかった」
「あ-でも、スーツ似合ってたよね」

 以前、航河君が成人式を迎えた時、式終わりにバイト先に遊びに来たことがあった。

“あの時の航河君、いつにも増してカッコ良かったよなぁ”

「俺は多分、何を着ても似合う」
「凄い自信」
「だって航河さんだし?」

 何処からその自信が来るのか未だに分からないが、そのポジティブさを少しで良いから分けていただきたい。いつもそう思う。
 そうしたら、私の今の緊張感も、少しは緩和されるかもしれないのに。ない物ねだりだ。自分にない面が素直に羨ましい。

「あ、今日予約してる?」
「うん、してるよ。17時半に」
「そっか。じゃあそろそろ行く?」
「そうだね。行こうか」
「急がなくても良いよね。場所は分かる?」
「大丈夫。ちゃんと下調べしてあるから」
「おっけ」

 ゆっくりとお店へと向かう。まだ日も昇っており、じわじわと暑い。風が吹くと少しばかりは涼しいものの、肌は暑さに汗ばんでいった。
 歩く度に、ミュールのストラップについたカラスビーズが揺れ、キラキラと光を反射する。まるで宝石のように輝くその姿は、子振り永田とても綺麗だ。
 これだけで、何処か特別な気分になれた。……いや、これがなくとも、私にとって今日は特別な一日になるのだ。良くも悪くも、きっと忘れることの出来ない特別な日に。