第82話:【回想】意地悪な神様③ (あの時、一番好きだった君に。)

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 「……行かないの?」
「あの。話があって」
「何? 改まって」
「俺、その……」

 祐輔はこちらを見ないまま、指先を何やらモジモジと動かし始めた。

「どうしたのよ」
「その……えっと……」

 言いかけてはやめる祐輔を見て、何か重大な悩み事でもあるのかと思った。

「……分かんないけど、言い辛いことならそんな無理に言わなくても良いんじゃない?」
「だ、ダメなんです! ちゃんと言わなきゃ……」
「でも、全然落ち着きがないし、辛いことなら口にしない方が気持ちは楽なんじゃないの?」
「……いえ。言えます、大丈夫です。……やっぱり、優しいんですね千景さんは」
「いや、様子が変だったからさ。大丈夫かなって」
「そういうところが……」
「え? 何?」

 通りを走る車の音に、祐輔の言葉はかき消された。口元は動いていたから、確かに何かを言った筈なのに。

「千景さん」
「はいはい」

 祐輔は私の目をじっと見据えると、大きく深呼吸をして今度こそ私に聞こえるように言葉を放った。

「俺は、千景さんが好きです」
「……ん?」

 思わず間抜けな声を出してしまう。

「千景さんのことが好きなんです」
「……それは、驚いた……」

 率直な意見しか出てこなかった。何も気の利いた台詞は浮かばない。ただ言われた言葉を脳みそが処理した結果、思ったことをそのまま口にしてしまった。

「あの。それで、付き合っている人がいなかったら、僕と付き合ってくれませんか?」
「えっと」
「あ、いや! 返事は今じゃなくていいんです! 考えてもらえたら、それで」
「でも」
「待ってます。返事くれるの」
「……わかった」

 それ以上は何も言われなかった。

「……行きましょうか。遅くなっちゃいますもんね」
「……うん」

 祐輔はその後、学校の話をしながら家まで送ってくれた。私が帰る間気にしないようにの配慮だろう。実習のこと、友達のこと、普段の授業のこと。私が知らないことを。優しい分胸が痛い。
 私は何も気にしていない振りをして、祐輔の話を聞いていた。半分くらい頭に入って来ないような気もしたが、それはきっと、祐輔も同じだろう。

「……それじゃあ。今日もお疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
「俺、行きますね」
「気を付けて帰ってね」
「……あ」
「ん? どうしたの?」
「一週間後に」
「一週間?」
「はい。一週間後に、返事を聞かせてください」
「……わかった」
「おやすみなさい、千景さん」
「おやすみ」

 見送ってくれた祐輔に手を振り、部屋へと入った。

「……あー……そうかー……」

 想像していなかった出来事に、どっと疲れが湧く。悪い訳じゃない。嫌だった訳でもない。

 弟のように思っていた。だから、予想外だった。全然気がついていなかった私は、酷い女なのかもしれない。
 以前クリスマスに誘われたのも、周りはああ言っていたが、単純に誰かと出掛けたいだけだと思っていた。話し易いだけだと思っていた。

 何より、私が祐輔をそういう対象として見ていなかったのだ。

 だから、答えに詰まる。どう答えたらいいのか、何が正解なのか。

「……困った時の摩央様ですかね……」

 私はすぐに摩央に電話した。

『ふーん。……試しに付き合ってみたら? 頑張って告白してくれたんだし』
「わかってるけど……」
『好きな人じゃないから付き合えないとか?』
「だって、付き合ってみて、別の人見てたら失礼でしょう?」
『付き合ってみたら好きになるかもよ?』
「……ゼロとは言い切れないけどさぁ……」
『一週間なんでしょ? めいいっぱい考えてみたら? 嫌いじゃないならね』
「……分かった」
『あ、これ航河君に言わない方がいいよ』
「なんで?」
『当たり前じゃん。止めるのが目に見えてる』
「……はーい」

 それもそうだ。航河君はきっと止める。そして、航河君に止められたら、私は間違いなく断るだろう。

 私はその話をしないよう注意して、バイトで過ごすことになった。