「……行かないの?」
「あの。話があって」
「何? 改まって」
「俺、その……」
祐輔はこちらを見ないまま、指先を何やらモジモジと動かし始めた。
「どうしたのよ」
「その……えっと……」
言いかけてはやめる祐輔を見て、何か重大な悩み事でもあるのかと思った。
「……分かんないけど、言い辛いことならそんな無理に言わなくても良いんじゃない?」
「だ、ダメなんです! ちゃんと言わなきゃ……」
「でも、全然落ち着きがないし、辛いことなら口にしない方が気持ちは楽なんじゃないの?」
「……いえ。言えます、大丈夫です。……やっぱり、優しいんですね千景さんは」
「いや、様子が変だったからさ。大丈夫かなって」
「そういうところが……」
「え? 何?」
通りを走る車の音に、祐輔の言葉はかき消された。口元は動いていたから、確かに何かを言った筈なのに。
「千景さん」
「はいはい」
祐輔は私の目をじっと見据えると、大きく深呼吸をして今度こそ私に聞こえるように言葉を放った。
「俺は、千景さんが好きです」
「……ん?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
「千景さんのことが好きなんです」
「……それは、驚いた……」
率直な意見しか出てこなかった。何も気の利いた台詞は浮かばない。ただ言われた言葉を脳みそが処理した結果、思ったことをそのまま口にしてしまった。
「あの。それで、付き合っている人がいなかったら、僕と付き合ってくれませんか?」
「えっと」
「あ、いや! 返事は今じゃなくていいんです! 考えてもらえたら、それで」
「でも」
「待ってます。返事くれるの」
「……わかった」
それ以上は何も言われなかった。
「……行きましょうか。遅くなっちゃいますもんね」
「……うん」
祐輔はその後、学校の話をしながら家まで送ってくれた。私が帰る間気にしないようにの配慮だろう。実習のこと、友達のこと、普段の授業のこと。私が知らないことを。優しい分胸が痛い。
私は何も気にしていない振りをして、祐輔の話を聞いていた。半分くらい頭に入って来ないような気もしたが、それはきっと、祐輔も同じだろう。
「……それじゃあ。今日もお疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
「俺、行きますね」
「気を付けて帰ってね」
「……あ」
「ん? どうしたの?」
「一週間後に」
「一週間?」
「はい。一週間後に、返事を聞かせてください」
「……わかった」
「おやすみなさい、千景さん」
「おやすみ」
見送ってくれた祐輔に手を振り、部屋へと入った。
「……あー……そうかー……」
想像していなかった出来事に、どっと疲れが湧く。悪い訳じゃない。嫌だった訳でもない。
弟のように思っていた。だから、予想外だった。全然気がついていなかった私は、酷い女なのかもしれない。
以前クリスマスに誘われたのも、周りはああ言っていたが、単純に誰かと出掛けたいだけだと思っていた。話し易いだけだと思っていた。
何より、私が祐輔をそういう対象として見ていなかったのだ。
だから、答えに詰まる。どう答えたらいいのか、何が正解なのか。
「……困った時の摩央様ですかね……」
私はすぐに摩央に電話した。
『ふーん。……試しに付き合ってみたら? 頑張って告白してくれたんだし』
「わかってるけど……」
『好きな人じゃないから付き合えないとか?』
「だって、付き合ってみて、別の人見てたら失礼でしょう?」
『付き合ってみたら好きになるかもよ?』
「……ゼロとは言い切れないけどさぁ……」
『一週間なんでしょ? めいいっぱい考えてみたら? 嫌いじゃないならね』
「……分かった」
『あ、これ航河君に言わない方がいいよ』
「なんで?」
『当たり前じゃん。止めるのが目に見えてる』
「……はーい」
それもそうだ。航河君はきっと止める。そして、航河君に止められたら、私は間違いなく断るだろう。
私はその話をしないよう注意して、バイトで過ごすことになった。