第81話:【回想】意地悪な神様② (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 入口のドアを開けると、ヒヤリとした空気が流れ込む。本格的な夏はまだで、夜になると肌寒い日もある。今日は風もあり、急いで持ってきた上着を羽織った。

「うわ……風あるなぁ……やだやだ」

 ファスナーを閉め、当たる風を減らした。

「千景さん! お待たせしました!」
「お疲れ祐輔」
「お疲れ様です」
「じゃあ、帰ろっか」
「はい!」
「あれ? 今日は自転車じゃあないの?」
「今日は歩きなんです。千景さん送って行きますね」
「ありがと」

 普段は航河君と帰る道を、今日は祐輔と歩く。初めてではないが、航河君と帰ることが多過ぎるからか新鮮に感じた。
 航河君と帰る時と比べると、私と祐輔が歩く時の距離は遠い。アレが近過ぎるのは分かっているが、どうも無駄に比べてしまう。

「千景さん、今年で大学卒業ですよね」
「あー、そうだね。だから今卒論の準備中。意外と時間かかるんだよね、調査とかあるからさ」
「そうなんですね。やっぱり、大変ですか?」
「そうだねぇ……。アンケートとかは準備して教授に頼んで授業中に配って回答してもらったりしてるよ。まとめるのはまたね、赤ペンでやり直し食らうよ」
「俺にはわかんないすけど、頑張ってくださいね」
「ありがと。発表が嫌なんだよ。人前で論文読んで、質疑応答があるから。そういうの苦手」
「緊張しますよね。俺もあんまり得意じゃなくて。実技とか皆がいるところはいつも緊張します」
「分かる分かる! どうにも慣れないよね、あの感じは」
「慣れないですね。気のせいかもしれないですけど、なんだか視線感じちゃって」
「見られてる気するよね」
「そうなんですよ。もっと堂々と出来たら良いんですが……」
「仕方ないよね、私も苦手だし、取り敢えずは今が出来ていたら良いんじゃないかな」
「……そうですよね」

 急に、祐輔が俯いてしまった。

“……あれ? 私何か変なこと言っちゃった……?”

「どうかした?」
「いいえ、なんでもないです」
「そう? なら良いけど」
「……あ。オミさんに出てくる時、何か言われました?」
「あーっと。なんかニヤニヤしてて気持ち悪かった。話が云々言ってた気がするけど」
「……それだけですか?」
「うん。何で?」
「いえ、特には」
「そう」

“やっぱり、何かおかしい……?”

 気になってチラリ、と祐輔の方を横目で見てみたが、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
 いつもの祐輔なのだが、何処かギクシャクしているというか、妙に余所余所しい。普段は人懐っこいような気もしたが、私の思い違いかもしれないので、特に聞かないことにした。

「最近どうですか?」
「どうって……特に変わったことは何もないよ? 卒論が忙しいのと、あ、卒業旅行で友達と海外に行くことが決まったくらいかなぁ」
「良いですね、何処に行くんですか?」
「1人ヨーロッパに行く予定の友達がいてね。くっついて行く訳じゃないけど、今のところはドイツとかオーストリア」
「どれくらい行くんです?」
「半月くらいのツアーだったかな。学生のうちは安く行けたりするからね。お土産用にバイト頑張らなきゃ」
「今から楽しみですね」
「うん、楽しみ!」

 そう、私は海外旅行が決まっていた。6人で旅行に行くが、今回初めての海外。浮かれていた。パスポートも取りに行って、早めに申し込みをしなければならない。春休みに入ってからだが、きっと至るまでの日々は短く感じるだろう。

 旅行中バイトには入れない。だから今のうちに稼がなければ。

「そういえば、千景さん就職って……」
「あ。決まったよ。事務職」
「おめでとうございます!」
「有り難う」
「バイトは、いつまで続けるんですか?」
「3月末のギリギリまで続ける予定。準備もあるから、出来るだけ稼いでおきたいしね」

 新しいスーツや靴、鞄も必要だ。神を結ぶゴムだって、消耗品だし馬鹿にならない。ストッキングはすぐに伝線してしまうし、スーツから私服に代わっても、ある程度綺麗目でカジュアルでない物を買わなければならない。

「千景さんも、社会人になるんですね」
「そうだね。でもきっと、今とそんなに変わらないんだろうなぁ」
「……忙しくなりますか?」
「多分ね。最初は慣れないだろうし、覚えることも沢山だから」
「千景さん」
「はい?」

 祐輔が歩くのをやめた。思わず私も立ち止まる。

 ビュウゥと、強い風が一つ、私と祐輔の間を流れていった。