第78話:【回想】覚悟① (あの時、一番好きだった君に。)

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 春が過ぎて初夏が来る。

 航河君はまだ、誰とも付き合っていなかった。そして、私と航河君の関係に、何も変化はなかった。

 暫くはよそよそしかった航河君も、1ヶ月もすると元に戻りまた一緒に帰るようになっていた。メールもするし、2人でも出掛ける。
 何事もなかったように過ごす航河君は、私から見ると何処かで悲しそうにも見えたが、本人に言ったら怒られてしまいそうで、今もまだ言わずにいた。

「千景さん? 俺、花火大会行きたいんですけど?」
「え、行けばいいんじゃないの?」
「別に行ってあげても良いんだけど?」
「あー、間に合ってます」
「男心をわかっていないなぁ!」
「言いたいことは分かるんだけど、何でそんな上から目線なの」
「恥ずかしいじゃない」
「その言い方のが恥ずかしいわ!」

 今日もまた、軽口を叩く。この変わらない日常に、私は心底ホッとしていた。
 また航河君と話せる。またメールが出来る。遊びに出かけることが出来る。

 美織さんと別れてから、この関係は諦めかけていたし、どうにかしなきゃいけないと思っていた。でもそれは何処かに行ってしまって、またこの状態に甘んじている。

「ねーえ千景ちゃん? 俺、こないだ大学の後輩に告られたんだけど」
「……ほう、それはおめでとう」
「ありがとう」
「んで? 付き合うの?」

 自分でおめでとうと口にしておきながら、心の中では泣きそうだった。付き合うかどうかなんて知りたくないし、付き合って欲しくなんかない。付き合うのなんて社交辞令の台詞を吐きながら、胸の苦しさを落ち着けようと、心臓に手を当てた。

「いいや。付き合わない」
「……そうなの?」
「うん」

 あっけらかんと答える航河君に拍子抜けした。良かった。本当に良かった。私は嬉しい気持ちを抑えながら、航河君の顔を見て言った。

「勿体無いぞ? 折角告白してくれたのに」

 自分でも驚くほど自然に出た言葉。心にもないことだが、安心しきったから出てきた言葉だ。

「好きって訳じゃないし。よく知らないし」
「付き合ってから好きになるのもいいんじゃない?」
「……何でそんなに推してくるの」
「推してる訳じゃないよ。まぁ、その子頑張ったよなぁって。思っただけ」
「その頑張りにはちゃんと『ありがとう』ってお礼言った」
「結構紳士ね」
「え? だって航河さんだよ?」
「あーはいはい。前言撤回」
「ちょ、酷い」
「いやー、ごめん、つい」
「ついじゃないよもー」
「あはは、ごめんね」

“あぁ──いつも通りだ──”

 この安心感。私がずっと浸っていたものだ。

「でも、『彼女欲しい!』って思うときあるよね」
「……そう?」
「うん。やっぱり。でも、美織ちゃんが俺の中で……まぁ、なんでもない」

 別れても、航河君の中では美織さんの影は消えていない。まだ美織さんが好きなのだ。いくら私が近くにいても、その目に私が女性として映ることはないのかもしれない。けれど、もしかしたら。……もしかして、万に一でも可能性があったとするならば。その可能性にかけてみたい気もしている。

「……次、例えば告白されたら、人は、誰でもいいや。付き合ったりするの?」
「その人によるよ。今回みたいに、よく知らない人は無理だと思う。ある程度知ってる人じゃないと、身構えちゃうし。付き合えないなぁって思う」
「そっか」
「うん。え? 誰か紹介してくれるの?」
「そんな人いません!」
「なんだ、残念」
「時々、よく分からないよ、航河君のことが」
「そう? 分かりやすいと思うけどなぁ」
「全然」
「千景ちゃんに言われると辛い」
「嘘ばっかり」
「そんなことないよ? 千景ちゃんがいなくなったら俺困るし。喧嘩とかもしたくないし」
「今はそういうことにしておこう」
「ほんとだってばー!」

 私は考えてた。航河君に告白するかしないかを。