第75話:【現在】起こりうること② (あの時、一番好きだった君に。)

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 『そろそろ何か言わなければならないか』

 そう思っていたある日。総務に寄ってから帰ろうとすると、会社をちょうど出ようとする航河君を見かけた。

「えーっと。航河君?」
「あ、お疲れ千景ちゃん」
「お疲れ様。帰りだよね。私も一緒に良い」
「うん、良いよ。一緒に帰ろうか」
「ありがと」

 私の歩くスピードに合わせて、航河君は速度を落としてくれる。こういった面に触れる度に、『あぁ、変わっていないな』そう思うのだ。

「珍しいね。千景ちゃんから一緒に帰ろうって言うなんて」
「帰る時間がそもそも同じ時間にならないしね。航河君も、珍しいじゃん。こんな時間に帰るなんて」
「今日は約束があるから」
「え? そうなの? 一緒に帰るの、迷惑じゃなかった?」
「大丈夫だよ。約束の時間までまだあるし、待ち合わせも会社の最寄りの駅だし」
「そう? なら良いんだけど」
「カフェでちょっとお茶するだけだしね。誘われたわけよ」
「へぇ。女の子? だったりして」
「そうだよ。沢木さん」
「……んん? 綾ちゃん!?」
「そうだよ。何でそんなにビックリしてるの?」
「いや、女の子とどっか行くとか、最近あんまり聞かないなって。そう思っただけ」
「新しいカフェに1人で入るのが嫌だから、ついてきて欲しいんだって」
「……ふーん」

“ま、まだ告白とかじゃないよね、うん、遊びに行くんじゃなくて、お茶だけだし……”

「どうしたの?」
「ううん、何でもない」

 そうか、もう2人でお茶をするくらいには、距離を詰めたということなのか。遊びに行く誘いをする前の、ウォーミングアップ。きっと。そうだ。そうに決まっている。
 と言うことは、遊びに誘う日が着々と近付いているということだ。その誘いを航河君が受け入れて、無事遊びに行けた時、綾ちゃんは航河君に告白するのだ。そう言っていたのだから。
 そして、そして……。

“直人の言っていたことが本当だったら、貴方は綾ちゃんに何て言うの? 航河君……”

「何か考え事してる?」
「え? あ、ごめん」
「危ないよ」
「うん、気を付ける」

 そう聞いた時の航河君は、いつも見せる優しいを顔をしていた。

「……ねぇ、航河君」
「何?」
「……航河君は優しいよね、特に女の子に」
「女性には優しくしないと?」
「いや、そうなんだけどさ」
「問題ある?」
「問題っていうか、何て言うか……」
「歯切れが悪いなぁ。ハッキリ言って良いよ」

 私が出る幕も、入る隙間もないのかもしれない。でも、約束したことを守りたかった。
 ──何より、私は綾ちゃんに昔の自分を重ねていたのだ。だから傷付きたくなかった。傷付いて欲しくなかった。彼女には。昔の私の様に。
 でももう、手遅れなんだと思う。綾ちゃんは好きになって、決めてしまったから。決めてしまったら止まらない。……私も、止まらなかった。
 それならばせめて、その結果が綾ちゃんの考えたくない方向だった場合に、その衝撃を少しでも和らげたかった。余計なお世話だと思う。だけれど、私が出来ることは、これくらいしかない。例え、自己満足だだたとしても。

「あ、沢木さんだ」

 もう、最寄り駅付近に来ていた。大きな駅の大きな振り子時計の足元に、綾ちゃんが立っている。その手には恐らくスマフォを持っているのか、下を向いていた。遠目にもこちらには気づいていない様子だった。
 今はきっと、航河君が来るのを待っている、楽しくて落ち着かない時間なのだろう。ドキドキして、ワクワクして。何とも言えない、私も何度も経験したあの時間だ。それを思うと、私は胸が苦しくなった。

「航河君」
「何よ」
「……お願い」
「え?」
「お願いだから、傷付けないで」
「何を? え? どうしたのイキナリ」

 顔をまっすぐ見れなくて、目を逸らした。眉間に皺を寄せ言葉を考えたが、上手い言葉が見付からない。

「……ごめん。でも……また同じ人を、作らないで、ね」
「どういう意味? 千景ちゃ」
「ごめんね、でも、それしか言えない。優しくし過ぎないで、もう二度と、繰り返しは」
「千景ちゃん!?」

 私はそれ以上何も言えずに、航河君から逃げるように走り出した。

“あぁ、駄目だ、最悪だ。何でこんなに下手くそなの”
 自分の態度と言葉に自己嫌悪しながら、私はその場を後にした。