『18時半くらいに電話する。大丈夫? 要点自体は、5分で済むよ』
“もうすぐ18時半……直人から電話がかかってくる……”
私は一人、家のリビングで正座をしてスマフォを握りしめていた。
“あー、何か緊張する。内容全然わかんないけど”
心臓へと手をやる。そんなことをしなくてもわかるくらいに、私の心臓はドクドクと脈打っていた。
ヴーヴヴ、ヴーヴヴ
「来た!」
ついにその時間となった。
「──もしもし?」
『もしもし。ごめんね急に』
「ううん、大丈夫。……それで、話っていうのは?」
『うん、ちょっと、航河のことでね』
「何かあったの?」
『……本当は、どうしようか悩んだんだ。千景ちゃんに伝えるかどうか』
「……? うん」
『でも、きっと知っておいた方が良いと思って。航河には恨まれるかもしれないけど』
「な……なに?」
直人の声を聞いていたら、急に不安になった。なんだか、こう、諦めたような喋り方をしている。まだ本題に入っていないのに、そんな世界が終わるような話し方をされては、姿勢を正すほどには怖い。
『航河さ、やっぱり千景ちゃんのこと引き摺ってた』
「……は?」
『千景ちゃんを振ったこと引き摺ってて、再会してから多分、好きって気持ちが千景ちゃんにばれないようにしてるみたい』
「えっ、いや、ちょっ」
『このまま聞いて』
「……はい」
『あのね……』
直人が話した内容は、にわかに信じがたい話だった。私は航河君に告白して振られた。そしてそのあと、暫くの期間疎遠になった。また連絡を取り始めた頃、私はひろ君と付き合っておりそれは……それは、航河君には伝えていなかった。聞かれもしなかったし、会うという話もしなかったから、必要ないと判断したのだ。
そして、また幾らか経った頃、ひろ君との結婚が決まった。その時、航河君に『誕生日を祝って』と言われて、初めてひろ君の存在と結婚の旨を伝えた。
……今まで、私は航河君の近くにいた。それがずっと、例え私が告白して振られても、変わらないと思っていたらしい。
美織さんと別れた後、航河君に彼女が出来たこともあった。しかし、上手くいかなかったと聞いてる。その理由は分からなかったが、直人が教えてくれた。
──美織ちゃんがいなくなってから、私が航河君にとって一番の理解者であり、気兼ねなく接することの出来る唯一の女性であったと。ずっと近くにいると思っていたこと。そしてその想いが、今でも変わらないということを。
「……そんなこと、今更言われたって」
『俺もそう思ったよ。でもさ、あの酔っ払いまくってた時の相談って、これだったんだ。千景ちゃんのことが好きだけど、どうしたらいいか……って』
「まさか……」
『俺としては、既婚者だし、お前一度振った身だし、迷惑だからおとなしく引き下がれって言ったんだけど。アイツの中では、まだあの仲の良かった頃の千景ちゃんが消えてないんだよ』
「いや、いやいやいやいや。随分昔だよ? 確かに仲も良かったし……告白、もしたけども。過去の話じゃん」
『俺もそう言ったって。あの酔っ払い、全然聞いてなくてね。変なこと千景ちゃんに言いだしたら困るし、千景ちゃんも知ってるのと知らないのとじゃ、扱い変わるでしょ? だから、航河には悪いけど、こうやって伝えたの』
「……うん」
『俺としては、色々と千景ちゃんに無理言ったり、相談に乗ってもらったりしたからさ。何か起こってからじゃ嫌だと思ってね』
「有り難う」
『……アイツも成長してないね。過去に振った人間捕まえて、『俺が一番仲がいいんだ!』なんて』
「やだなぁ。目に浮かんじゃった」
『兎に角、気を付けてね。こっちに来た分は連絡入れるし、伝えもするけど。直接来たものはどうしようもないから』
「……わかった」
『困ったらすぐに連絡して。それじゃ、あんまり長くなってもアレだから』
「うん、ありがと。……それじゃ」
『うん、また』
電話を切ると、力の抜けた手からスマフォが滑り落ちた。
「嘘でしょ……」
信じられなかった。あの航河君が、私のことを好き、だなんて。
「航河君が心配してたのは、このことだったんだ……」
過去の私は報われたのだろうか。あの時の私がこの話を聞いたら、一体どんな顔をして、何を思うのだろう。
重たい体を引きずって、私は夏乃を迎えに保育園へと向かった。