第61話:【現在】年が明けても④ (あの時、一番好きだった君に。)

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 週明け、私はリーダーから仕事を貰った。お客さんとのレビューの前の、資料の誤字脱字チェック、協議内容が反映されているかの確認。2月から始まる追加案件の、それぞれの進捗を管理するための進捗表の作成。

「ん? これも私が作るんですか?」
「枠だけ作って。流石に線引いてなんて言わないよ」
「なら良かったです。私じゃ配置出来ないんで」
「それじゃ、宜しく。資料の確認は3日くらい、進捗表は来週中に出来上がれば嬉しいかな。確認優先で。お客さんに見せる奴だから」
「分かりました」

 自分で資料確認用の進捗表を作る。

“量が多いから、何処まで見たかちゃんと把握しないとね”

 ──航河君は今日いなかった。熱が出て休みと連絡が来たとリーダーが言っていた。
 内心、飲み過ぎで二日酔いどころか三日、いや四日酔いなんじゃないかと勘繰ったが、リーダーには言わなかった。

 今は航河君がいなくても、私が仕事中に発する言葉数は変わらない。静かなものだ。

 直人からはあの後特に返事は来ていない。当然かもしれないが航河君からの弁解もだ。
 結局、航河君の直人への相談事は何だったのか、撤収するまでに何が起こったのか、航河君は無事に家まで辿り着くことが出来たのか、気になることが無いと言えば嘘になるが、自分から送る勇気はなかった。

“今日も、帰ったらDVD見ようっと。ひろ君が早く帰ってくると良いな”

 定時ダッシュがまた出来るよう、仕事に集中する。私が遅くなってしまっては意味がない。折角の憩いの時間だ。事件捜査系の話に全く興味の無い夏乃を早々に寝かせ、2人でゆっくりと見るに限る。
 明日は仕事があるから遅くまでとはいかないが、きっと2本くらいは見れるだろう。

 目標が出来ると時間の流れも速い。必死に目を凝らし、誤字脱字を探しては、記録に残す。修正内容の成否は判断が難しいものもあるが、協議内容の結果と修正の前後関係から概ね理解出来た。

“今日の私、マジ仕事早いわ。いやー神だわ、神”

 どうせ誰も褒めてはくれまい。自画自賛してモチベーションを保ちながら、出来るところまで進めていった。

 キーンコーンカーンコーン──

「終わり! お疲れ様です! 今日やった分は、指摘内容をファイルに記入して、資料と同じフォルダに置きました。確認してくださいね」
「おお、有り難う。お疲れさん」
「お疲れ様でした!」

“よし、今日も無事定時ダッシュと”

 滞りなく作業が出来たことと、ひろ君からの『今日は早く帰れそう』というメッセージで、私のテンションは上がっていた。楽しくて些細な幸せがあるから。それこそ、昨日の出来事を忘れるくらいに。

 だが、それも短い命だった。

 ──連絡は、欲しいと思う時に来なくて、要らないと思う時に来るものなのだ。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

「……航河君?」

 来るなんて思っていなかった。楽しい気分が、一気に現実へと引き戻される。

「……怖い」

 見るのが怖くなった私は、眉間に皺を寄せながら画面を指で弾いた。爪の当たるカッカッというという音を聞きながら、意を決してその指でメッセージを開く。

『先週、直人が千景ちゃんに電話したのを、俺が取り上げたって聞いた。酔っぱらってて、全然覚えてない。ごめん』

“あ、全然普通だわ”

 予想よりもずっと一般的な内容に、ホッと胸を撫で下ろした。

「別に、気にしなくて良いよ。大事な用事って訳でもなかったから」

“うん、直人も愚痴りたかったって言ってただけだし……”

 何か他に送ろうか考えていたら、航河君からの返事が届いた。

『直人から、その時のこと何か聞いた?』
「ううん。航河君が沢山お酒飲んでビックリするぐらい酔っぱらってたことぐらい」
『そっか。ならいいや。ほんと、ごめんね』
「大丈夫。そうだ、今日熱あったんだって? お大事にね」
『有り難う』

 久し振りの連絡は、航河君からだった。心の奥で、嬉しくなる自分がいたのを感じた──。