第59話:【現在】年が明けても② (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 『航河さんが大荒れなんですけど?』

 その一分と共に送られてきた写真には、真っ赤になってジョッキを握りしめる航河君が写っていた。店内は暗かったが、照明に照らされた顔が、それでも赤いことが分かるくらいに。

「あらまぁ。凄い顔ねぇ」

 写真から既に大いに酔っぱらっている感じがひしひしと伝わってくる。こんなに酔っぱらうまで飲むなんて、余程い嫌なことがあったのだろうか。それとも、嬉しいことがあったのだろうか。私はどちらでも構わないが、直人にしてみたらいい迷惑かもしれない。

「お疲れ。どうしたの? 航河君凄い酔っぱらってるじゃん」
『相談って言われて今日会ったんだけど、一向に相談される気配のないまま今に至る。既に一時間半が経過』

 料理を食べ終えて暇なのか、航河君が酔っ払っていて話にならないのか、直人の返信は早かった。

「完全に出来上がってるよね? 日を改めたら?」
『帰るよ、って言ってるんだけど、全然ジョッキ離してくれないの。飲み放題だからって、なくなったらすぐ次の頼むし』
「えぇ。めんどくさい。帰っちゃえば?」
『独りで置いていったら、めっちゃ恨まれそうだもん』
「じゃあ何とか聞き出すか、お酒取り上げるしかないんじゃない?」
『頑張ってるんだけどねぇ……。俺の話を聞いてくれない』
「なんという。ご愁傷様です」
『マジで助けて』
「うーん。ちょっと無理」

 ほぼリアルタイムでのやり取りだ。それにしても、航河君があんな風になるまで飲むなんて珍しい。既に眠りについた夏乃のいる寝室のドアを閉め、このやり取りをしながら私は取り込んだ洗濯物を畳むことにした。今日ひろ君は新年会だから、帰ってきてからご飯の準備も要らない。のんびりとやることにする。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

 今度は電話だ。

「──もしもし?」
『もしもし千景ちゃん? どうにかして!』
『なおとぉー? でんわぁ?』
『ちょっと黙ってろよ』
『ええぇー? 何で冷たいのぉ?』

“……こりゃ相当酔ってるな……”

 その場にいる直人に心の中で合掌しながら、背後で聞こえる航河君の声を聞き取る。

『だれぇ? 誰にでんわぁー?』
『あーもう千景ちゃんだよ! ちょっとは静かに』
『千景ちゃん!? 代わって!』

 何かのぶつかる音がして、直人の声が遠のいた。次に聞こえたのは航河君の声だった。

『もしもし? 千景ちゃん?』
「え、あ、うん」
『なんでぇ! あってくれなかったのー!?』
「え? ええ?」

 泣きそうな声で喋る航河君に戸惑う。

「えっと? 年末の話?」
『そうだよぉ! 話がしたいって言ったのに……』
「だから、2人きりは無理だって……」
『嫌いなんだ!』
「は?」
『千景ちゃん、俺のことが嫌いなんだ!』
「……ちょっと飛躍してない?」
『してない!』
「いや、してるでしょ」
『昔は、むかしはああぁぁあ』
『だー! 返せこの野郎! ――もしもし?千景ちゃん? ごめん、ちょっとコイツのこと愚痴るつもりで電話したのに、失敗だったわ。また連絡する』
「う、うん」
『なおとひどいぃ! 千景ちゃんは俺の』
『煩いなお前は! 後は水だ水!』
『まって、ちかげちゃ』

 プツッ──ツーツーツーツーツー

「……切れた」

 直人はきっと、この後航河君に飲み過ぎだと説教をかますだろう。無事聞き入れてもらえるのか、いささか不安ではあるが。

“それにしても、あんなに酔っぱらった航河君、私の記憶にはないぞ……?”

 ──私はふと、これが昔だったらと想像してみた。昔だったら、正気に戻った航河君から『ごめんなさい。忘れてください』とか『千景ちゃんは何も見てないよね? 聞いてないよね?』とか『あれは俺じゃない』とか、言い訳なのか何なのか分からない弁解が送られてきただろう、と。

“その姿が目に浮かぶわ……”

 直人に『お疲れ様です』と『ファイト!』のスタンプを送り、既読になるのを確認しないまま山になった洗濯物を畳み始めた。