第58話:【現在】年が明けても① (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 年が明け、仕事始めを迎えた。今月また、新しい人が入ってきた為、席替えを行った。
 ──初めて、このプロジェクトに来て初めて、航河君と隣同士ではない席になったのだ。理由は、航河君の会社の人が入ってきたから。

「あ、俺の後輩なんで、隣の席にしてもらっても良いですか?」

 その一言で、私と航河君はその人を挟み隔てられた。私との間にその後輩さんが入ったのは、最初だから庶務の話も気軽に質問出来る方が良いだろう、というリーダーの配慮である。

 後輩さんは新人の男の子で、長き研修を経てからこのプロジェクトへの配属が決まったそうだ。

「分からないことがあったら聞いてくださいね」
「はい! 有り難うございます!」

 ペコっと頭を下げる姿が何とも初々しい。

 数日が経過して、少しばかり後輩さんも仕事に慣れた頃、まだ私と航河君は言葉を交わしていなかった。正確には、”必要最低限の挨拶と、仕事に関する内容以外の言葉”以外だが。
 『よく喋っていた七原さんと桐谷君が、こんなに喋らなくなるとは珍しい』なんて、妙に鋭いことをリーダーに言われたりもした。だがそれは『席が離れちゃったからですよー?』の一言で済んでしまった。

 この空気は、はっきり言って嫌いだ。何度か業務外の子とも話しかけようとして見たが、『あー』とか『うん』とか、適当に返されてしまった。その度に気を遣って話に乗ってくれる後輩さんに申し訳なく思い、それもしなくなった。
 結果、私と航河君は喋らないが、私と後輩さん、航河君と後輩さんでは話す、という、分かる人にしか分からない空気の出来上がりだ。
 後輩さんがいなかったら、一体どうなっていたのだろう。いてくれて良かったと、心の中で毎日感謝している。

 といっても、喋らなかったからといって特に問題はなく、それ自体を気にしなければ喋らない分仕事も捗った。

「今日も終わり―!」
「七原さん、相変わらず定時ダッシュで良いね」
「早く帰りたいですもん」
「俺も早く帰りたいよ……」

 課題が山ほど書かれたファイルと睨めっこそうしながら、リーダーが頭を抱えている。年が明けてもこの人の作業量は変わらず、寧ろ休みが多かったため、その分仕事を多く抱えていた。

「事務作業的なことで良ければ、私やりますよ? 来週からで良ければ。今日はもう帰っちゃうんで」
「全然構わない! 月曜からで! お願いしても良いの?」
「元々の仕事に支障のないレベルであれば、問題ないですよ。今月の出張少なそうなんで、確認書類も減りますから」
「じゃあお願い! やって欲しいことはまとめておくから、また来週ね」
「わかりました。お疲れ様です」
「お疲れ!」

 嬉しそうなリーダーの顔を見ると、言って良かったと思える。なに、万が一想定外の量を渡されたら、無理ですと突っ返してしまえばいいのだ。話と違いますよ? と。

“それにしても、今日も挨拶以外一言も喋らなかったな……”

 スマフォを取り出し、kiccaを開いた。航河君とのトークページを開くが、私が最後に送った言葉に既読が付いているだけで、それ以降返信はなかった。

“喋らないんだから、メッセージも来ないよね”

 昔だったら、他愛もない内容をこちらから送っていただろう。でももう、昔とは違う。明確な用事が無ければ、メッセージは送らない。それに、再開してから頻繁にやり取りをしていた訳でもないし、用事があればまた、向こうからでも送ってくるだろう。

“気にしなくてもいいよね。もう”

 家に帰れば家事があり、夏乃を迎えに行かなければならない。ご飯を作り食べ終えたら洗い物、お風呂掃除をして夏乃と一緒に入り、洗濯を回しながら保育園の準備をする。夏乃を寝かしつけ、取り込んだ洗濯物を畳んだ後、翌日のお弁当の準備をしている頃に、いつもひろ君が帰ってくる。

 以前はよくkiccaで友人達とメッセージのやり取りもしていたが、ひろ君と付き合うようになってから頻度が減り、結婚してからは確認が遅れるようになった。夏乃が生まれて、あとで返そうと思い返信を忘れることが増えた。

“返信忘れは気を付けなきゃね……”

 大学時代は、あんなにメールの返信に拘っていたのに。読んだか読んでいないかわからない中、ただひたすら返事を待ち続けた。返事が返ってくるように疑問形の内容を送ったり、興味のありそうなことを送ったり。
 でも今は違った。

 良い意味で大人になったのだろうか。そのやり取りに縛られなくなった、相手に縛られなくなった。期限の迫った内容は今でも待ち時間が長く感じるが、あの時ほどではない。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

 そんな時、スマフォが鳴った。

「……ありゃ、珍しい。直人じゃん」