第48話:【現在】遠退いた距離② (あの時、一番好きだった君に。)

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 納会の日は、特別帰りが早い。いつもの終業時刻でなくとも、納会が終わったら帰ることが可能なのだ。
 特に残っている作業もない。私はまだ明るいうちに帰れることを喜びながら、会社を後にした。

“何だったのか気になる……!”

 帰り道、私は航河君が言おうとした言葉が何だったのかを考えていた。納会から戻った後は、何事もなかったかのように黙々と仕事をしていたし、私の話もあるから聞くに聞けず、そのまま帰ってきてしまったから。
 納会後は、一度も航河君と口を利かなかった。いつもなら、軽口でも叩いたり、くじで当たった景品について話すのに。

“なんか、話しかけにくい雰囲気だったし”

 まるでこれは、私が航河君に告白した後のような──。

“いやいやいやいや。考え過ぎ。年が明けたら、また話すよね”

 私は景品で、可愛らしいアイピローをゲットしていた。もこもこ羊で、見覚えがある。どうして見覚えがあるのかというと、私自身、それを購入したことがあったからだ。

“あれは、クリスマス会兼、忘年会の時だっけ”

 まだ売っているなんて、余程人気の品なのだろう。

“あの時、自分でも欲しかったんだよね”

 私の買っていったアイピローは、店長の手に渡った。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

「ん……」

 スマフォを見ると、航河君からだった。

『お疲れ様。ねぇ、年末年始の休みの間の何処かで会えない? いつでもいいんだけれど』

“うーん。2人は無理だな。大人数でないと”

「何? 誰か誘うの?」
『いや、ちょっと、ご飯でも。話したいことがあって』
「それって、会社じゃ話せないの?」
『無理。2人が良い』
「ごめん、前も言ったけど、異性と2人では会えない。旦那ともそう約束してるから」
『黙っていれば、バレないと思うけど』
「嘘吐けないから無理だよ」
『どうしても?』
「どうしても。嫌われたくないし、嫌だと思うことをしたくないから」
『俺は昔、千景ちゃんと彼女がいても2人で出かけたけど』

“え、何で急に……”

 いつもとは違う、棘のある言い方に戸惑う。

「それは、美織さんに許可を取ったからでしょう? 私は旦那と話した時、『異性と2人きりで出かけてほしくない』って言われたから」
『本当に、ダメなの?』
「……ごめん」

 そのメッセージを最後に、やり取りは途絶えた。

“怒っちゃったかな……。でも、私はひろ君の方が大事なんだもん”

 メッセージを返している間に、家に着く。まだ誰も帰ってきていない。私は荷物を置き、普段よりも早い時間に夏乃を保育園まで迎えに行った。

 航河君の様子がおかしい。昔だったら、2人で会って航河君の話とやらを聞いていただろう。でも、そうだ。もう昔とは違うのだ。あれは過去の話で、私は今を生きている。航河君の中にいる、『仲の良かっただろう千景』ではないのだ。

“摩央の予想が当たらないといいけど。連絡入れておくかな”

 摩央とそして直人に、私はkiccaを送った。直人なら、もしかしたら航河君から何か聞くかもしれない。

 ──私の甘やかしのせいなのか、航河君の気質のせいなのか、航河君は、私が他の異性と2人でいることを嫌がった。嫌がったというのは、恐らくだ。『嫌だ』なんて言わない。でも、態度や言葉には前面に押し出してした。

 彼女ではないのに、やたらと止めに入ってくる。今思い出すと不思議な話で、航河君は彼女以外の女の子の話を殆どしなかった。自分がそうだからなのか、それはよくわからない。

 一番顕著だったのは、そう、あのクリスマス兼忘年会をやった時。私はその日、祐輔にデートに誘われていた。何の気なしに航河君に話したから、結果として行かなくなった。決めたのは自分だったが、あそこでもし、祐輔と一緒に出掛けていたら、もうちょっと変わった未来もあったのかもしれない。