第46話:【現在】響く言葉③ (あの時、一番好きだった君に。)

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 「あー、スッキリした!」
「俺、聞いてて泣きそうになったわ」
「何よりです」

 誉め言葉と受け取り、マイクを置く。歌い終わりは非常にスッキリした。

「千景ちゃん、まだこの歌歌ってたんだね」
「今みたいに頼まれるとね。普段は歌わない」

 航河君からの感想はなかった。

 カラオケの1時間なんてものは、6人もいれば一瞬で終わる。後10分ほどで、約束の1時間が過ぎようとしていた。

「先輩、私あの歌が聞きたいです。歌ってください!」
「え? 次は何?」
「【Nobody knows】を。【Ichica】の」
「うえぇ、時間なくない?あれ長いよ?」
「お願いします!」

 両手を合わせた可愛い後輩にお願いされたら、先輩として歌わない訳にはいかない。

「うーん、じゃあこれ歌ったら帰るね」
「やった!」

 後輩ちゃんが、嬉しそうに小さくガッツポーズした。

“……可愛いな、もう”

 この歌も、私の好きな歌だ。最近よく歌うようになった。片思いだとか悲恋だとか、そういう歌が私は好きみたいだ。多分、自分に重ね合わせたりして、情景を思い浮かべながら歌うのが好きなのだ。
 今はもうそんなことある筈もないのだけれど、片思いの多かった昔を思い出しては、ついつい歌ってしまう。
 後輩ちゃんは、私の歌うこの曲を、大層気に入ってくれたらしい。元の曲も聞いたようだが、『先輩が歌っている方が好き』なんて言われたら、無条件で惚れてしまうじゃないか。

 今日の私の歌はこれで終わりである。カラオケなら何時間でも歌っていられそうだから、名残惜しい。

“これも切なくて良い曲なのよねぇ”

 イントロが始まり、ピアノの音が静かに響く。バラードではなく少々アップテンポなこの曲もまた、私の胸に響くのだ。

「──変わらない日常は 今日もまた退屈を運んで 視線の先にいる君 今はまだ遠い距離 これが夜になれば 2人肩を並べ 友達とは違う でもそれは恋人じゃあなくて……」

「知ってる? 桐谷君この曲」
「いいえ、初めて聞きました」
「俺も前来た時に初めて聞いたんだけどね。好きな人がいるんだけどその人は別の人が好きで、その子と付き合っちゃうんだって。私が好きだったことは知らないままで、幸せになってねって曲。健気!」
「……さっさと告白すれば良かったんじゃないですか?」
「厳しいねぇ。言えないでしょ。仲が良かったんだよ、この曲の中では。だから、関係を壊したくなくて……って奴? 俺なら無理だね」
「でも告白したら、付き合えるかもしれないじゃないですか」
「桐谷君に好きな人がいたとして、その人に彼氏や好きな人がいたら、告白出来る?」
「……」
「じゃあ、桐谷君に彼女や片思いの相手がいて、告白されたら? 告白してきた子と付き合う?」
「……それは」
「実際は、色々と難しいんじゃないかなぁ。皆、自分を守りたいだろうし」

 この曲は、自分の好きな人には他に好きな人がいて、それを知りながら自分の思いを伝えないという歌だ。今が心地好くて、それを守った結果、好きな人は思い人と付き合ってしまう。それを知った自分は、人知れず泣いて泣いて身を引き、2人の幸せを祈るというものだ。

“私は告白したからな……この曲とは違うけど”

「──知りたくなかった 聞きたくなかった そんな無邪気な笑顔で 嬉しそうな君が 私の心を容易く引き裂いてゆく 友達以上恋人未満の関係は 今日でおしまい だから もう 君の隣は 私の居場所じゃないの」

 そうだ。居場所はそこじゃないんだ。──私はあの時、どれだけ甘えてあの場所にいたのだろう。

「──ずっとずっと 一緒だと思ってた こんなに簡単に崩れ去るなんて 勇気を出せば また違った未来があったのかな 泣いて 泣いて 君の名を呼んでも 君はもういなくて」

 このも、曲ももう終わる。

「──サヨナラ、愛しい人。 本当に 大好きでした もう会えないけど いつも遠くで 幸せ願いながら 同じ空を 見上げてると信じてる 何も知らないまま 思い出でいさせて」

“……そう。私はもう、サヨナラをしたから。大丈夫なの”

 曲が鳴りやみ、シンとなった部屋の中で、マイクを持ったまま小さくお辞儀をした。

「あああ先輩! 私泣きそうです!」
「いつもこの歌聞いた後泣きそうじゃん」
「それだけお上手だったということですよ!」
「あはは、有り難う。……っと。そろそろ行かなきゃ。お疲れ様でした!」

 時間を確認して、部屋を飛び出した。先にお金を払っておいて良かった。もたつかずに帰ることが出来る。

「今から帰るよ……お?」
『ごめん、見てなかった。大丈夫? 無事帰れそう?』
「そんなに心配しなくても大丈夫なのに」

 途中まで打っていた文章の続きを打ち、ひろ君へと送る。すぐに既読が付き、『ご飯作って待ってるね』と帰ってきた。

「持つべきものは、家事が出来て育児も出来る旦那さんだな」

 私は上機嫌で電車へ乗った。