第38話:【回想】泊まる泊まらないの攻防① (あの時、一番好きだった君に。)

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 「バイトが怠い」
「致し方なし。頑張れ」

 航河君と2人で、バイト前にお茶をしていた。自分の店ではない。私と航河君の家の近くにある、小さなカフェだ。このお店の苺タルトが好きで、よく買って帰っている。航河君が『美味しいケーキが食べたい』と言うから、このお店に来た。

「今日行けば明日は休みだー」
「もう少しだけ頑張ろうよ。そしたら明日は思う存分ダラダラ出来るよ?」
「今からダラダラしたい」
「バイトあるでしょ」

 すっかりやる気のなくなっている航河君が可愛い。テーブルに突っ伏して、おでこをゴリゴリしている。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

「あれ、電話だ」
「誰?」
「……オミさん。もしもし」

 オミさんから電話がかかってきた。何だろう。オミさんからの電話は、『食材が足りなくなったから買ってきて』とか、『シフトに穴が開いたから手伝って』とか、だいたいそんな内容である。

『もしもーし』
「はいはい、なんです? バイトなら今日入ってますよ?」
『知ってる。俺休み。ねぇ、千景ちゃんてゲーム詳しい?』
「……は? なんの?」
『ギャルゲ』
「やったことあるかないかだったら、やったことはある」
『手伝って。どうしてもクリア出来ないの。この子クリアしたらコンプなの』
「なんで私が」
『他の人に言っても即断られそうなんだもん』
「えっ私は」
『千景ちゃんはなんだかんだやってくれそう』
「その私の都合のいい女感どうにかして」
『まじお願い』
「……いつ?」
『今日』
「今日! バイトあるってば」
『終わったら迎えに行くからさー。この通り!』
「何時に帰れるのよそれ」
『だからうちに泊まりで』
「泊まり!?」
「泊まり?」

 退屈そうに突っ伏しながら私とオミさんの話を聞いていた航河君が、いきなりガバッと起き上がった。

「びっくりした! 航河君急に大きな声出さないでよ」
『航河いるの?』
「うん、シフト一緒だから、行く前にお茶してる」
『あー……じゃあ航河に怒られるかなぁ……』
「ねぇ、オミさんなんて?」
「あ、オミさんちょっと待ってて」
『ういうい』

 マイクを手で覆い、膝に下ろす。

「なんか、今日やって欲しいギャルゲがあるんだって」
「なんでギャルゲなの。んで、なんで千景ちゃんなの」
「私ならやってくれそうなんだって。迎えに行くから、うち来て泊まってやってってと」
「泊まる必要あるの? それ」
「分かんない」
「断れないんでしょ? 俺も行く」
「言うと思った。もしもしオミさん? 航河君も行くって」
『言うと思った。りょーかい。2人迎えに行くわ』
「はーい。一応、ラストね。連絡は入れるよ」
「うん、宜しく。しっかし、本当に航河は保護者だな」
「私も同意見」
「気が合うね。じゃあ、また夜に」
「うん、それじゃ」
「はいはい」

 流れでゲームをしに行くことになってしまった。バイトを始めた頃に比べたら、随分とこう言う話にも慣れて来たと思う。泊まりたいとかは別の話だが。あと、皆私のことを都合よく捉え過ぎだ。断らずにはいはいと聞いてしまう私もいけないのだが。長年の癖はなかなか抜けない。

「俺を通さずに千景ちゃんを誘うなんて、とんだ不届き者だな」
「『航河に怒られるかも』って言ってたよ?」
「分かっているなら何故誘う」
「一緒にいるなんて思わなかったんじゃない?」
「まーでも、一緒に帰ってるからね。今日別々だったら、理由聞いてついて行ったわ」
「私1人で話聞いても聞いてなくても結果は変わらないのね」
「当然」

 当たり前のように航河君がいる。そのことに、もう疑問を抱かなくなっていた。どうやら、私だけがそう思っているわけではないらしい。時々──本当に彼女がいることを忘れてしまいそうになる。

“分かってる。いつかはやめなきゃいけないし、終わりが来るのを”