第37話:【現在】語る (あの時、一番好きだった君に。)

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 「それでさぁ、見てよこれ」
「なにこれ。壊れたキーホルダー?」
「そうだよ。覚えてない?」
「えーっと。何だっけ?」
「私が航河君に昔貰ったキーホルダー」
「あー! 思い出した! 嘘、まだそんなの持ってたの?」
「捨てようと整理してた段ボールの中に入ってた」
「あれだよね、航河君と航河君の彼女と千景の3人でお揃いだった奴だよね。聞いた時は衝撃を受けたわ」
「結局何も意図がなかったという」
「航河君らしいというか、なんというか」
「私の悩んだ時間を返して! って感じ」

 今日は、摩央と一緒にランチに来た。会社の創立記念日だったから、夏乃を保育園に預け、たまの贅沢で。摩央と2人で食事をとるのもいつ振りだろう。航河君の誕生日では話せなかった話に花が咲く。

「ほんとにさ、千景と航河君、付き合うと思ってたよ。それなのに、振られるとはねぇ」
「あんまり言わないで。振られたってこと自体は、あんまり思い出したくないんだから」
「ごめんごめん。でも、ほぼ彼氏だったよね」
「航河君が?」
「そう。いつも一緒に帰ってるし、だいたいシフト一緒だし、2人で出かけるし。ボディタッチも多かったんだっけ? あと、とにかく距離が近い」
「航河君のこと好きになってなかったら、普通に青春を謳歌してたと思うんだけどなぁ」
「あー、無理無理」
「なんで?」
「だって、あれでしょ? 『航河君の方が、千景のこと好きに見えた』んでしょ? あんたが好きになってなくたって、距離感は変わんなかったと思うよ」
「私の青春……」
「いいじゃん。尚宏さんと結婚して、可愛い夏乃ちゃんがいて、今は幸せなんだからさ」
「そうだね、そう思う」

 甘くてほろ苦い抹茶パフェを口に含む。美味しい。
 今私達が来ているのは【SchwarzWald】である。私が働いていた当時のメンバーはもう一人もいなくなってしまったが、今でもたまに食べに来ている。
 メニューは昔とほぼ変わっていなくて、私が一番好きだったこの抹茶パフェも健在だ。最近は季節限定がウェブで告知されると、ひろ君と夏乃、母と食べに来ている。

「相変わらずご飯美味しいね」
「ね。来ないのは勿体無いくらい」
「……暫くは来なかった癖に」

 仰る通り。私がバイトを辞めた後は暫く通っていたが、結婚してからの2年は、訪れることはなかった。航河君との関係を知っているメンツに会うのが気まずかったから。

「んで? 今日の本題は?」
「……よくわかったね」
「そりゃあわかるよ。何年一緒にいると思ってんの。千景があらたまって食事をセッティングする時は、何か相談がある時でしょ?」
「その通りでございます摩央先生」
「摩央先生が聞いてしんぜよう」

 私の相談は、航河君のことだった。つい、会社で航河君に強く当たってしまう。返しがキツくなってしまうのだ。そうしようと思ってやっているわけではない。気付くとそうなっている。
 私が昔航河君に告白したこととか、異様に仲が良くて航河君には彼女がいるのに『付き合っていると勘違い』されたこととか、それこそ、2人で時間関係なくよく出かけて、お揃いのキーホルダーを持っていたこととか、航河君が喋ってしまうのではないかと、その心配からだった。

 心配しているから、仲が良い辺りは、正直自分の中でやましいことだったと思っている。だって、彼女のいる人とあんなに仲良くする人なんていない。彼女から許可が下りたとしてもだ。
 好きという気持ちが前に出てしまって、遠慮がなくなっていた。一緒にいたくて、仲良くしたくて、それが当時の私だったのだ。あの距離が心地よくて失いたくなかった、当時の。

「普通にしてるのが、一番だよ」
「普通?」
「そう。普通に仕事して、普通に話して、普通に過ごす。だって、過去のことなんか、今更悔いたってどうしようもないじゃん。なくせないもん」
「……うん」
「航河君のこと考えるくらいなら、尚宏さんと夏乃ちゃんのこと考えてなさい」
「……はい」
「あぁ、でも、注意はしなきゃダメよ?」
「彼女さんとは別に、千景のこと好きだったんじゃないかな? って、私は思ってる」
「まさか」
「種類は分かんないけどね。でも、男と2人きりで出かけるのを邪魔したいくらいには、気にしてた筈だよ」
「それは、あるかもしれない……」
「何回かあったでしょ?」
「あった」
「誰だっけ。ホールの社員の人と、バイトの子と、一回誰かの家に泊まりにいかなかった?」
「……記憶力凄いね」
「任せなさい。生きることに影響しないことほど、よく覚えているの」

 摩央の記憶力に脱帽した。そうだ、早瀬さんの時だけじゃなく、航河君の絡むことは他にもあったのだ。