店に戻ると、目ざとく航河君が私の手にある雑貨屋の袋を見つけて話しかけてきた。
「その中身なーに?」
「……ストラップ」
早口にそう言って、ロッカーに財布と上着、買ってきたストラップをしまい、ホールへと出た。
今日は1日、航河君と同じシフトである。いつもなら一緒に帰れることをコッソリ喜んでいたが、今日はそんな気分にはなれなかった。
“私もあのストラップと同じ……働きたくないでござる……”
独りどんよりとした空気を背負いながら、黙々と仕事をする。
「千景ちゃん? どうしたの? なんかお昼から元気ないよ?」
「んー……別に、何でもないよ? 気のせいじゃない?」
目も合わせず、テーブルを片付けながら答えた。
「いや、でも、普段よりも静かだし。……口数少ないし?」
「気のせいだって」
「ほんとに?」
「うん」
航河君は勘が良い。いや、単純に私が今態度に出しまくっているからかもしれないが。正直、あまり話しかけてほしくないし、今は黙々と仕事をしたい。
時間の流れが遅いから、没頭して忘れて早く帰りたいのだ。
「なら良いけど」
航河君は自分の仕事へと戻って行った。
“早く終われ……! あ”
私は気が付いた。いつも、航河君と同じシフトの時は一緒に帰っている。勿論、今日もそのつもりだった。何も言わなければ、航河君は私と一緒に帰ろうとして、待っているだろう。
“今日は一緒に帰る気分じゃないもの。帰るまでに言わなきゃなぁ”
そう思った私が、漸くそれを切り出せたのは、全ての作業を終え、着替え終わったあとだった。
「外で待ち合わせね。俺も着替えるから」
「あ……それなんだけど」
「どうしたの?」
「今日は、ちょっと用事があって」
「え? こんな時間から?」
「まぁ、うん……」
「お疲れ様です! あ、千景さん、そのストラップ面白いですね! 雑貨屋で買ったんですか?」
少し重たい空気が流れ始めたところに、掃除を終えた祐輔が入ってきた。
「うん、そうだよ。さっき付けたの。可愛いでしょこのやる気のない感じ」
「いいですね。しかも、【働きたくないでござる】って、俺も欲しいです」
「まだ売ってたよー。他にも、色々と種類あったし」
「マジですか。俺も今度、行ってみようかなぁ」
祐輔も、こういうものが好きらしい。
「あ、航河ー!」
「何ですか? 相崎さん」
「ごめん、おしぼりの在庫だけチェックしてから帰ってくれる?」
「分かりました」
“あ……行っちゃった”
店長に呼ばれ、航河君は少しだけ仕事に戻ったようだ。
私はそのまま、祐輔に挨拶をして店を後にする。
“別に、いいよね、たまには”
航河君には何も言わずに、駅へと向かった。
普段帰る時とは、反対の道を行く。駅まで少し距離があるため、速足で歩いた。街灯はあるものの、大通りに出るまでは人数も少ない時間だ。携帯を取り出して確認するが、特に航河君から連絡は来ていなかった。
「あ、ばいばーい」
「……んん?」
自転車に乗った男の人が、こちらに向かって手を振って、そのまま通り過ぎて行った。
“え? 知り合い? そんな訳ないか”
その顔に見覚えはなかった。行ってしまったし、無視して駅への道のりを急ぐ。
「ねぇ、ひとり? 何処行くの?」
“えぇ!?”
先ほどの自転車に乗った男性が戻ってきた。まさかの事態だ。
「……」
「ねぇねぇ。駅? 駅に行くの?」
ついていない。私はただ、前へと進んだ。
「彼氏いるの?」
「……」
「おれんちすぐそこなんだけど。来ない?」
「……」
「あ、連絡先教えてよ」
「……」
「名前はー?」
「……」
「可愛いよね、学生?」
「……」
“うげぇ、しつこい……”
無言の圧力で返しているつもりが、全くへこたれずに話しかけてくる。しかも、ぴったりと自転車のまま横について。……鬱陶しい。早く何処かに行ってくれないものか。
「あ、家に帰るなら、俺送って行ってあげるよ。家教えて。何処?」
「あの、もう……」
「あー、必要ないです。俺送って行くんで」
「え?」
振り向いた其処に、自転車に乗った航河君が立っていた。