今日もバイトへと向かう。ホールにもバイトが増え、早瀬さんの代わりの社員さんも来たが、お店は忙しいままだ。キッチンにも、新しい人が増えた。祐輔とオミさんだ。
祐輔は、他にもお店を掛け持ちしているフリーターだ。2個下だが、割と大人っぽい。私のことは『千景さん』と呼んでいる。割と懐いてくれているようで、いつもホールの様子を聞いてきて、困っていたら助けてくれる。
オミさんは、キッチンの社員さんだ。他店から異動してきた。本名は晴臣なのだが、何故か皆『ハルさん』ではなく『オミさん』と呼ぶ。店長が『オミ』と呼んでいただろうか。ついでにかなりのイケメンだ。
キッチンの一部はホールから見えるようになっているので、オミさんがその場所で料理をしている時の、お店に来た女の子の視線が凄い。
見かねた店長が、ホール側から開閉可能なブラインドをつけた。
「マジで助かった。視線が気になって、飲み物もあそこで飲めなかったもん」
「いや、あれは仕事し辛いと思ったからさ。もっと早くつければ良かったね、ごめんね」
オミさんから感謝の言葉を貰ったが、お客さんからは『あのブラインド、閉めっぱなしなんですか?』と質問を受けるようになった。
「あのブラインドを開けると、中の人間が落ち着かないそうなんです。仕事の効率も悪くなると。すごーく、嫌だったみたいで。だから閉めているんですよ。……でも、何ででしょうね?」
「……そうですか」
女性はバツの悪そうに携帯を鞄へとしまった。
──私は知っている。この女性が、オミさん目当てでこのお店に来ていることを。そして、何度もオミさんの許可なしで、あの窓越しに写真を何枚も撮っていたことも。
“ごめんね”
ちょっと、意地悪だったかもしれない。彼女のそれを知っていて、敢えてニッコリと知らない振りで答えた。でも、オミさんは困っていたんだ。店の人間は、私だって守らせてもらう。
ブラインドを取り付けても、客足が遠のくことはなかった。お店として、きちんと機能している。少しだけ安心した。
「千景ちゃんお疲れ。飯食お」
「お疲れ。うん、そうしよっか」
段々と落ち着いた15時頃、上着を羽織り航河君と2人で遅い昼食をとる。一番奥の席には既に祐輔がいて、3人で一緒に座った。
航河君はお客さんが近くにいる時は『千景さん』と呼ぶが、いない時は『千景ちゃん』と呼ぶようになった。これが仕事中がそうでないかの違いなのだろうか? あまり、変わらない気がするが。
「航河さん、千景さん、お疲れ様です」
「お疲れ」
「お疲れ様ー」
うちは賄いが出る。内容は決まっていなくて、日替わりランチセットを食べる時もあるし、メニューから好きなモノを選んで頼む時もある。オリジナルの料理を適当に作ってくれたり、メニューにはない料理でも、リクエストすれば作ってくれる時もある。
キッチンの人が作ってくれるから、当然美味しい。無料ではないが、格安だ。
「お、祐輔今日はオムライス? ホワイトソースかかってるの美味しそう」
「自分で作りました。航河さんと千景さんは、オミさんに依頼中ですか?」
「俺はたらこクリームスパ頼んだ」
「私、海鮮のオイスターソース炒め」
「千景ちゃん、海鮮好きだよね」
「美味しいもん。特に、エビ」
「エビ美味しいですよね。俺も好きです」
祐輔と航河君と喋りながら、料理が出てくるのを待つ。
「お待たせ致しました」
「わぁ、美味しそう! オミさんありがとー!」
「旨そうだな、あざっす!」
「あいよー」
目の前に置かれた出来立ての料理は、とても美味しそうな匂いを漂わせていた。お腹が鳴る。早く食べたい。
「「いただきまーす!」」
航河君と声が揃った。
「あー、美味しい! 幸せ!」
「パスタも美味しいよ。流石オミさんだわ」
私も航河君も、フゥフゥと熱々の料理を冷ましながら食べ進めた。
「あ、彼女にメール返さなきゃ」
航河君がズボンのポケットから携帯を取り出した。
「航河さん、やけに可愛いクマつけてますね」
「……え?」
“クマ? 可愛い……?”
「でしょー。キーホルダーだったんだけど、上の部分付け替えてストラップにした」
「邪魔じゃないですか?」
「邪魔じゃないよー。携帯鞄の中で探す時便利」
つぶらな瞳に、爽やかな空色のクマ。【K】と書かれたハートを抱えている。脇には、夜空の色した星型のチャーム。
航河君の携帯についていたそれは、私が航河君に貰ったクマのキーホルダーと同じものだった。