第32話:【回想】クマのキーホルダー① (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 「うわっ! さむっ!」

 あんなに暑かった日が嘘のように、夜に吹く風が冷たくなった。ピュウゥと吹く風は、上着を着ていても容赦なく身体に突き刺さる。日中はまだ暖かいからとうっかり薄着で外に出ようものなら、夜のその寒さに打ちのめされるのだ。

「すっかり寒くなったよね。自転車で風切って走ると、手がかじかむ時ある」
「寒くなったねぇ。最近、夏と冬しかないんじゃない?」
「それ言えてる。春と秋が好きなんだけどなぁ」
「私も。過ごし易い時期が、減っちゃったね」

 今日もまた、航河君と一緒に帰る。手を擦りながらハァっと息を吹きかけてみたが、まだ白くなるには遠いらしい。

「あ、これ。渡しとく」
「ん? 何? これ」

 差し出されたのは、小さな紙の袋だった。

「お土産。旅行の。買ってきてって言ってたじゃん?」「え、本当に買ってきてくれたの?」
「そりゃあ、お願いされたし」
「開けていい?」
「うん」

 袋から中身を取り出す。

「わぁ! 可愛い!」

 出てきたのは、桜色が綺麗なクマのキーホルダーだった。つぶらな瞳のクマが、【C】と書かれたハートを抱っこしている。小さなぬいぐるみだから、邪魔にもならないサイズだ。もう一つ、夜空の色をした星のチャームが一緒についていた。

“イニシャル入り……。航河君、探してくれたんだ”

「有り難う! どうしようかな、鍵につけとくね」
「どういたしまして。なかなか可愛いでしょ?」
「うん、可愛い。嬉しい」
「友達が見てない隙に買った。男が買うには、ちょっと可愛いかも? って」
「あー、気持ちはわかるかもしれない」

 いそいそと家の鍵を取り出し、今貰ったばかりのキーホルダーを付けた。何もついていないただのカギが、一気に可愛くなる。

“やばい、幸せ……!”

 テンションが上がり、にやけそうになるのを堪えつつ、鍵を鞄にしまった。

「皆には買ってきてないから、内緒ね?」
「はーい。鍵につけてたら、そんな見ないでしょう。大丈夫」
「広絵さんとか、目ざといかも」
「あはは、『雑貨屋で買った』とでも言っておこうかな、何か言われたらだけど」

 何か言われたって構わないだろう。世の中に一つしかある訳でも無し。

 上機嫌で家に帰り、航河君にメールを打った。お礼はしたが、もう一度だ。
 割と航河君は返事をくれる。でも、帰ってこない時もそれなりの回数だ。だから、つい、何か送るネタが出来ると、メールをしてしまう。
 彼女がいることは勿論分かっている。けれど、少しでも繋がっていたい。しつこいと思われているかもしれないが、関わりが欲しい。それが私の本音だ。

「うん。可愛い。これは大事にしよう」

 私にだけくれたのだ。他の子にはない。この特別感。ちなみに、先日『こーちゃん』と呼んでも良いと言われたが、素面で口にするとこそばゆく、メールの文面でたまに呼ぶ、くらいに止めている。うっかり仕事中に呼んでしまってもいけないだろうし。

 普段は玄関に置いている鍵を、思わず部屋まで持ってきてしまった。机に置いて、眺めている。

“嬉しいなぁ、幸せだなぁ”

 プラスの気持ちを抱く半面、マイナスの気持ちも抱く。

「……美織さん、知ってるのかなぁ」

 きっと、美織さんもお土産は貰っているだろう。今回の旅行は、美織さんと行ったものではないと聞いている。最後にはなくなる食べ物ならアレだが、身に着けることが出来るものだ。

「うえぇ……。私だったら……やっぱりやだなぁ……」
 ベッドにゴロゴロと転がり、葛藤と戦った。

「嬉しい、けど、美織さんのことを考えると複雑だわ……」

 足をバタバタさせ、行き場のない気持ちを少しでも発散させる。

 それでも、鍵から外すことはしない。折角貰ったのだから。自分の好きな人に。
 いつか壊れるまで、私がこのキーホルダーを鍵から外すことはないだろう。