第30話:【回想】Happybirthday② (あの時、一番好きだった君に。)

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 私は気付いた。いや、正確には、もっと前から分かっていた。私は航河君が好きだ。彼女がいることは分かっている。だから今は、この瞬間を大事にしたい。好きな人と笑い合える、この瞬間を。
 好きだと言ったら、きっとこの関係は壊れてしまうだろう。”友達以上、恋人未満”のような、曖昧な関係。

 勿論、そう思っているのが私だけだということは、よくよく分かっている。航河君のことは好きだが、今は航河君と美織さんに別れて欲しいとは思わない。航河君は、美織さんを愛しているから。楽しそうに話すその姿も、全て好きなのだ。

「ねぇ、千景ちゃんって、彼氏いないの?」
「いないよ」
「ほんとに?」
「うん、本当」
「作らないの?」
「んー……」
「まぁ、俺が彼氏みたいなもんだよね」
「イマイチ否定が出来ないけど。股がけするの? 航河君」
「こーちゃんって呼んでも良いよ。美織さん、俺のことこーちゃんって呼ぶし」
「なにそれ、良いのかなぁ」
「良いよ。特別感ない?」
「あはは、じゃあ、こーちゃん」
「はぁい」
「……こーちゃん、美織さん大事にしなきゃダメよ?」
「分かってるよ。千景ちゃんも大事だけどね。泣かす奴は、俺が許さん」
「あらやだわ、有り難う」

 嬉しい反面、胸が痛い。美織さんに申し訳ない気持ちと、彼女のいる人を好きになって辛い気持ちと。このまま付き合えたらどんなに良いか。そう考えないこともない。だが、美織さんのことを話す航河君を知っているから、それも含めての航河君を好きになったと思っている。矛盾しているかもしれないが、今の私はこんな台詞を吐いてしまえるのだ。

「あ、そういや、あんまり遅くならない方が良いんだっけ?」
「うん、すぐ眠たくなるし」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、送ってくよ」
「ん、有り難う」

 航河君の誕生日だし、支払いをしようと思ったが、『カッコつけさせて』と、航河君が支払ってくれた。申し訳ない、誕生日なのに。

 店を出て少し歩いた時、航河君の知り合いに出会った。向こうも気付いて、会釈をする。

「びっくりした、ここで会うとは思わなかった」
「知り合い?」
「うん、美織さんの友達」
「えっ、私一緒にいたけど大丈夫? 何か言われない?」
「美織さんには千景ちゃんと一緒にご飯って言ってあるから大丈夫だよ」
「……そっか、なら良いけど」
「あー、驚いた。美織さんに言っておいてよかった」
「……ほんとだね」

 チクリ、と胸に何か刺さった気がした。そうだ。そうなのだ。私は美織さんに『良いよ』と言われているから、こうして2人で出かけることが出来るのだ。

 ──もし、航河君のことが好きだという気持ちが、美織さんに知れてしまったら。今と同じように、2人で過ごすことは出来るのだろうか。きっと、出来ないだろう。誰だって、自分の彼氏を好きな人間と2人きりにさせたくない筈だ。

「……どうかした? 千景ちゃん」
「……ううん。ありがと、こーちゃん」

 お酒を飲む予定でいたから、航河君も今日は歩きだった。少し、離れて歩いてみたが、自然と距離はすぐに縮まっていった。離れても、航河君が寄って来る。いや、私が寄って行ってるのかもしれない。航河君の二の腕と私の肩がぶつかるが、どちらも特に何か言う訳でもない。ただ、肩がぶつかる度に、2人の距離の近さを感じた。

「それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

 急いでお風呂に入り、寝る支度をする。お風呂から上がると、航河君からメールが来ていた。

『今日はありがと。おかげで寂しくない誕生日だった。千景ちゃんが誰かと付き合う時は、変な奴じゃないか俺がチェックルするからね! おやすみ』

「あはは……チェックしてどーすんの……」

 携帯の画面が滲む。

「あれ……なんで私、泣いてるんだろ……」

 涙の溢れた目を擦っても、それは止まることはなく、溢れて静かに机を濡らしていった。