第28話:【現在】思い出す時 (あの時、一番好きだった君に。)

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 航河君に変わった様子はない。飲み会から幾らか経ったが、いつもと変わらない、普段通りだ。

“考え過ぎだよね”

 仕事の席は、相変わらず隣同士である。席替えを何度かしたが、『友達なら隣同士にしてあげる』という、全く嬉しくないリーダーの配慮の結果、離れることはなかった。

「千景ちゃん、今度連休あるけど、旅行行ったりしないの?」
「旅行? 行くよ、一泊二日だけど、温泉にね」
「へぇ、いいなぁ」
「航河君は何処かに行くの?」
「俺はいかない。ずっと寝てる予定」
「勿体無っ!」
「いや、最高の贅沢でしょう。何もせずにただひたすらゴロゴロしてるんだよ?」
「……確かにそうかも」
「でしょ? 俺は贅沢を満喫するの」
「友達から、どっか出掛けよって誘いはあるんだけどね」
「行かないの?」
「気が向いたら行く」

 今日も他愛ない会話をする。なんてことはない。

 ──私はあれから、直人と摩央の言った言葉が、頭から離れなくなっていた。正確には、ふとした瞬間に思い出すようになった。

 全部、思い違いなのかもしれない。それならば、私と直人と摩央のの3人での、笑い話で済む。

 誕生日の日、私は航河君に『送っていく』と言われたが、断わった。私が航河君のその『送っていく』という好意を断ったのは、大学時代から数えても初めてのことだ。
 事前に、ひろ君に迎えをお願いしていた。だから断わっただけだ。……でも、事前にお願いしていなくても、断わっていたかもしれない。
 初めて、航河君の好意を否定した。その時の航河君の顔は、悲しそうに見えた。でも、私の思い違いの可能性だって大いにある。少しばかり、自意識過剰になっているのかもしれない。よくないことだとは思っている。

 思い返せば、その、初めて航河君の誕生日を祝った大学3年の日。その距離がグッと縮まり、航河君のことを”好きだ”と意識したような気がする。彼女がいて、彼女に一途で、その癖彼女に許可を貰い、私と2人で飲みに行く、そんな航河君が。

 ……”特別扱いされている気持ち”にさせるのが上手かったのかもしれない。現に、私だけだった、航河君が彼女に許可を貰い、2人きりで出かける女の子は。聞いた話だから、本当のところはわからないが。名前だけなら、美織さんは私のことを知っていただろう。いや、ほかにも知っていることはあったかもしれない。私も少しばかり、航河君から聞いて知っていたから。

 私と航河君の距離が必要以上に近かったことは、自覚している。きっと、彼女からしたら面白くないだろうし、一般的で正常な思考の持ち主であれば、怒られるだろうことも。

 航河君を好きになり、私の思考はそれを良しとしてしまった。念のために自分を弁護させてもらうと、そういいつつも一線を越えたりはしていない。本当だ。手も繋いでいないし、間接はあったが、まぁキスしたりもしていない。もし一線を越えていたら、私は今まともに航河君と話すことは出来なかっただろう。その良心とブレーキは持ち合わせていた。

 メールが返ってこなくて、数日経ったらまた私からメールを送ったり、シフトを聞いて、日が被るように組んだりもした。今思えば、私が航河君を好きだったことは、見る人が見ればバレバレだっただろう。
 それなのに、正直に好きだということをまず広絵に打ち明けた時の一声は、
 『え? 千景じゃなくて航河が千景のこと好きだと思ってた』
 だった。

 広絵から見たら、ほぼカップルに見えたらしい。
『航河はいつ彼女と別れるんだろう、いや、もう別れたのか?聞いてないけど』
 とも言っていた。もっと衝撃だったのは、その後暫くして入ってきたキッチンのバイトの男の子に、
『2人って付き合ってるんですよね』
 と言われたことだ。
『付き合ってない』
 揃ってそう言った時の、あの男の子の驚いた表情は、忘れようにも忘れられない。
 独占欲と優越感が、そう見せていたのかもしれないと思うと、今でも胸が苦しくなる。どういう意味でとは言わないが。

 そもそも、誕生日の日に一緒に食事に行かなければ、私はあんなにも好きになることはなかったのだろうか。 夏が近付くと、思い出すようになることも、無かったのだろうか。

 その選択肢を選ばなかったから、今の私にその先は分からなかった。