第16話:【現在】花火大会にて① (あの時、一番好きだった君に。)

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 「あー、寒い」
「この部屋空調めっちゃ効いてるよね」
「だよね。カーディガンとブランケットが手放せないわ」
「俺にも貸して」
「航河君も持ってきたら?」
「可愛いブランケット、持ってないもん」
「そこは別に、可愛くなくてもよいと思うけど」

 異動してから3か月、私もこのプロジェクトに馴染んできた。季節は夏、すっかり日の昇っている時間も長くなり、セミの声がそこらじゅうで鳴り響くようになった。屋内と屋外の寒暖差が酷く、夏なのに部屋の中は寒い。ホットコーヒーよりもアイスコーヒーの方が美味しい季節の筈なのに、飲むのは専らホットコーヒーである。

「そういや、最近花火大会行ってる?」
「行ってるよ。うちの子花火好きだから。生まれてからは、毎年」
「へぇ。夜店は相変わらず?」
「少し減ったかな。でも、まだまだ賑わってるよ」
「俺も今年行こうかなー」
「1人で?」
「行く相手いないし?」

 知っていて聞いた。少し、意地悪だったかもしれない。口を尖らせて肯定する航河君が、少し可愛く見えるなんて不思議だ。

 疑問に思うことがある。航河君は、どうして彼女を作らないんだろう。女友達は、多かった筈だ。バイト中に、お客さんから携帯番号を書いたメモを貰ったこともあるし、合コンにも誘われていた筈。人当たりもよく、話していて面白いのに。気も利くし、優しい。
 声を掛ければ、或いは声を掛けなくとも、彼女なんてすぐに出来そうなのに。
 ……私が知らないだけなのだろうか。

「行くなら会うかもね。直人でも誘うかな」
「直人? 直人って、村井直人?」
「そうだよ。千景ちゃんも、よく知ってるでしょ?」

 村井直人。バイトしていた時の後輩だ。
 広絵と付き合っていた。

「今も連絡とってるの?
「小中高と一緒だったしね。腐れ縁って奴?」
「懐かしいなぁ、直人。元気?」
「元気みたいだよ」
「広絵は? 結婚した?」
「別れた。だいぶ揉めたみたいだけどね」
「広絵、直人のこと大好きだったもんねぇ」
「別れるの、結構時間かかったみたいだよ?」
「バイトしてる時も、何度か別れ話して、分かれてヨリ戻しての繰り返しだったじゃん? その延長で、本当に別れる、なんて思っていなかったんじゃない?」
「たぶんそれ」
「当時は直人に相談されたりしなー……」

 最初に直人が広絵を好きになり、アタックされていく中で広絵も直人のことが好きになった。あれだけ好き好きオーラが出ていたのに、直人は広絵に好きだということがバレていないと思っていたらしい。周りにはバレバレだったが。
 『アナタのことが好きで好きでたまりません。なのにこの気持ちが全く伝わらないのどうしよう』みたいな歌を、広絵を見つめながらカラオケで熱唱した時は、その場にいた皆で笑いを堪えたっけ。だって、伝わらないどころか、広絵がそれを聞いて『どうしたらいいの?』困惑するくらい、バレバレだったのだから。いやいや、十二分に伝わっているよ、と。

 あんなに直人がアタックしたのに、別れる時も決まって直人の方から切り出していた。色々と相談に乗ったが、毎回内容はヤキモチと愛情過多、お金の使い方についてだった。

 私は、バイト先の人達がどうなったか、あまりよく知らない。バイトを辞めて1年ほどで、連絡もすっかり取らなくなってしまった。何人か懐かしくなって、それこそ、それまで何度かやり取りをしていた広絵や直人にメールを送ってみたこともあったが、アドレスが変えられており、連絡がつくことはなかった。その間一度も会うこともなかったし、思い出したような挨拶メールだけであったから、当たり前といえば当たり前だと思った。2人とも、頻繁にアドレスを変えていたし。

「ちょっと、マジで直人誘ってみようかな」
「宜しく言っといて」
「りょーかい」

 直人はアイドルグループにいそうな顔立ちをしていた。イケメンで、背も高く、よく言えば屈託のない、悪く言えば空気を読まない性格だ。女の子には総じて優しく、とにかくまぁモテた。年上にも、年下にも、同い年にも。
 それを心配する広絵の気持ちも、当時はわからなくもなかったが、なかなか普通とは思えない話もあり、何処か素っ気なかったかもしれない。

“懐かしいメンツに会えたらいいな”

 いつも通りの筈の花火大会に一つ、楽しみが出来た瞬間だった。