第20話:別れの花 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「遂にお別れだねぇ」
「女将さん。お世話になりました!」

 宿屋の前で深々と頭を下げ、別れの挨拶をする。
 1ヶ月の間滞在していたこの宿とも、今日でお別れだ。名残惜しいが、まだ一つ目の街。呪いについては何も分かっていないし、取り敢えず魔族や魔物とも遭遇していない。

「あ。女将さん。すっかり忘れてたのですが……」
「ん? なんだい?」
「私が、その、泣いていた次の日。何か、見せたいものがあるって言っていませんでした? 出る前に、声を掛けてくれ、って」
「あー……ああ! 思い出したよ! やだやだ忘れてた! 時間はあるかい? すぐに持ってくるから、ちょっと待っててね」

 慌てて建物の中に戻る女将を待つ。一体、見せたいものとはなんだろうか。女将も忘れていたのだから、然程大したものではないかもしれないが。

 10分ほど経つと、勢い良くドアを開け、女将が外に飛び出してきた。

「はぁ……はぁ……。これ、これだよ!」

 女将は握りしめた手を開き、その手の中にあるものをトートに差し出した。

「……花? の、ブローチ……?」
「あぁ。お嬢ちゃん、この花に見覚えはないかい?」

 ブローチには、赤い花が閉じ込められていた。どうやったのだろう。生花のような瑞々しさを保ちながら、それはガラスを纏って真ん中に鎮座している。

「……ごめんなさい、多分だけど、見たことないと思うの」
「……そうかい。じゃあ、『エリサ』の名は?『エリサ・バズワード』」
「エリサ? エリサ……エリサ……バズワード……」

 今まで生きてきた人生の中で、沢山の人間に出会った。普通の人間が出会う数より、それは圧倒的に多い。思えている者も、当然、覚えていない者もいる。必死に記憶を手繰り寄せ、顔と名前を組み合わせていった。

「赤い、花……エリサ……バズワード……花……赤い……」

 ブローチを眺め、1人の少女が頭に浮かんだ時、恐ろしい勢いで記憶が蘇った。

「あ……ああ……エリサ……エリサ! 私に花をくれた女の子……!」

 今目の前にある、ブローチの花。それは──

「私が渡した、貰った花の片割れ……どうして……?」
「エリサ・バズワードは私のひいおばあちゃん。漸く会えたよ。私はハリア・バズワード。良かった。トートちゃん、この花を渡した女の子をずっと探してたんだ」
「……え?」

 冷や汗が出る。身体中から血の気の引く感覚がトートを襲う。

“どうしようどうしようどうしよう”

 普通に考えて絶対におかしい。『女の子と呼ばれる年のひいおばあちゃんに、花を渡した女の子』が、『今もお嬢ちゃんと呼ばれる見た目』だなんて。
 知っている人間なんか、いないと思っていた。自分が魔王城に籠る前に会った人間は、寿命を迎え皆死んでいることが当たり前だし、語り継がれるようなことは何もしていない、筈であった。

 顔を真っ青にして、小刻みに震えるトートに近付くと、女将はそっとトートの胸元にそのブローチを付けた。

「……どうして?」
「頼まれたのさ。ひいおばあちゃんに。大人になってから分かったんだって。この花が何を意味するか。あれは、魔法だったと。『涅槃の魔女に会えたんだ』って喜んでたよ」
「エリサ……」
「最初に来た日、私を見て、会ったことがあるか聞いただろ?あれはきっと、ひいおばあちゃんだったんだね。それに、涅槃の魔女の話をして気付いたんだ。でも、そう言われるのは嫌いなんだろ?」

 トートはコクンと頷いた。
 駄目だ。目の前に証拠がある。それに自分で口にしてしまった。嘘は吐けない。

「『人生の宝物だった』と、伝えて欲しいと。そして、このブローチを渡して欲しいと。私が言うのもなんだけどね、とても良く似合っていたし、本当に、大事にしていたんだよ」

 トートを爽やかな風が包む。身体が元の熱を取り戻していった。

「母やおばあちゃんはね。興味がなかったのさ。でも私は、ひいおばあちゃんのする話が大好きでね。『私も会えるか』って言ったら、『きっと会える。そうしたら、これを渡して。伝言を頼むよ』って言われて、死ぬ間際かにこれを渡されてね。そこからは、私の宝物さ」

 ガラスに反射した光がキラキラと光る。

「今度は、私と友達になってくれないかい?」
「!」

 怖がられると思っていた。気持ち悪がられると思っていた。どうにかして誤魔化すか、それとも逃げ出すか。
 予想に反して、全く想定していなかった言葉を投げかけられた。差し出された右手を握る以外、他にどんな選択肢があろうか。

「ええ、喜んで」
「良かった! 女将さんじゃなくて、今度はハリアと呼んでおくれ」
「私も。トートで結構よ。ハリア」

 旧知の友を失って、新たな友を得る。

 トートはブローチを受け取った代わりに、自身の持つ赤い花の片割れを、次会う時に渡す約束をした──。

「さよなら!」
「さようなら、またね!」

 ユタ、リタ、マイルス、ハリアに見送られ、トートとオルカは村を出る。
 オルカは一礼をして、その後は一度も振り返らなかったが、いつまでも手を振るハリアに、トートは何度も振り返り、自身も手を振り返した。

「次は何処へ向かうんだ?」
「そうね、順序的には、『フリージョア』かしら。沢山のお花に囲まれた、自然豊かな街だったわ」
「……また、お前の好きそうな街だな」
「あら、よく分かってるじゃない。その通りよ。良い匂いのする、カラフルで素敵な街なんだから!」

 鼻歌交じりに歩くトートを、呆れた目でオルカが一瞥した。トートは気付くことなく、そのまま歩みを進める。

 かくして、一つ目の街を出て向かう先は、花の街『フリージョア』となった。
 果たして次の街は、トートとオルカを歓迎してくれるのだろうか。