第19話:それぞれの思い (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「ユタさん」
「は……はい!」
「──うらぁ!」
「ひっ……! ひはいぇす……!」

 ユタの両頬を掴むと、それをそのままグニグニと動かす。上下左右、伸びるところまで引っ張る。

「いあっ! ひふぁひ!」
「これくらいで済ましてあげるなんて、トートちゃん超優しい!」

 別の意味で泣きそうになるユタを尻目に、トートは頬の伸びる感触を楽しんだ後。

「ていっ!」
「いだっ……!」

 頭突きした。

 何となく昇華出来なかった部分を発散させ、まぁこんなもんか、と、ふぅっと息を吐いていつものペースに戻る。

「まぁ、この村から存在は消えたわけだけど。多分、この世から存在が消えたわけではない、と思うの」
「! と言うことは──」
「直ぐには無理よ。時間が掛かると思う。また呼び戻したいならまず、皆がファーニャを忘れないことね」
「忘れない、こと……」
「誰も自分を知らない場所に来たって、寂しいだけじゃない? ……消えるまで守っていたのに」

 言葉に詰まるユタとリタ。嫌味の一つでも言いたくなるのは、心が正常な証拠であった。

「そもそも、どうしてトートさんはファーニャが見えたのですか? しかも、長い間」

 リタの質問に、『んんん……』と唸るトート。

「内緒! まぁ、でも、何となく波長が合った、のかなぁ。私もファーニャも、寂しかったの。だから、誰かと触れ合いたかった。それが一致したって感じ?」

 えへへ、と誤魔化すように笑うと、今度は真剣な顔をする。

「今空いてる穴、あれってお店とかに改造出来ないのかなぁ。住居、食堂、カフェ、パン屋……雑貨屋もいいわね。兎に角、空のままは勿体無いわよ。生活も自立するんでしょう?」
「そう、ですね。お店や居住地として、使えるかもしれません」

 トートの案に、リタが頷いた。

「折角だから目玉が欲しいわね。自立して生活出来るところに、愛される対象としてファーニャが戻ってきたら最高だと思うの」
「……ならば、絵本はどうだ?」
「え? ……絵本……?」
「あぁ。絵本の題材になった場所なら、興味が湧くだろうと思うが。特にそれが変わった地形の村で、精霊の伝説でもあるなら、尚更な」

 ファーニャと村のことを、絵本に起こす。そして、それを読んだ人間が、興味を持ちこの村に訪れる。それがオルカの筋書きだった。

 更に、その絵本に店を幾つか出し、それらを実際の村のお店とリンクさせる。
 そうすれば、『絵本で見た云々』の場所を巡りたい人にはピッタリである。絵本であれば子どもも読むし、絵柄や話によっては、勿論子のいない大人も読むであろう。
 絵本にすることで、読む年齢のボーダーを下げる。絵は水彩画のような、大人も引き込まれる絵にすれば、どちらの年齢の購入も、来訪も見込めるという考えだ。

 そんな簡単にうまくいくとは、だれも思ってはいなかったが、ファーニャのことを忘れず、お客を呼ぶインパクトを作る、と言う点では、なかなかの視点であった。

「なるほどね。絵本かぁ。良いかもしれない」

 グッと親指を立てるトートの、その親指を『何となく鬱陶しい』と言って折ろうとしなければ、非常に頼りになる発言だ。

「……それでも、暫くは無理よ。あの子はエネルギーが枯渇して、それでも命を削って消えていった。1年後かもしれないし、50年後かもしれないし、もしかしたら100年、200年後かもしれない」
「それでも構いません。風化しないよう、守っていくのです。今度こそ」

 ユタは頬を赤くして言う。瞳は真剣そのもので、きっと、この言葉に嘘偽りはないだろう。

「根は真面目なのね」

 そういって笑うトートを見て、ユタは顔を真っ赤にした。抓られて赤くなった訳ではない。自分のしたことが心の底から恥ずかしくなり、次は必ず、自分の力で村を復興し、またいつか、精霊が戻って来られるよう、そんな場所にすることを誓ったのだった。

「本気なら、一緒に考えるわ。私だって、ファーニャにまた会いたいもの。もし会えなかったら、一生恨んでやるわ。貴方のこと」

 ニコニコと話す姿が恐怖を呼ぶ。顔は笑っていたが、その言葉には闇が見えた。

「この女の言うことは本当だぞ。末代まで恨まれるだろう。恨まれるだけで済むなら御の字だな」
「あら、そこまで脅すつもりはないわよ?」
「か……必ず! 必ず精霊の住む場所に戻してみせます!」

 それから1ヶ月の間、トートとオルカはこの村に滞在することにした。
 今後のことを話し合い、村の人間の協力を得る為。洞窟の利用法と絵本についても、実現させる為に。

 結果、洞窟はそのまま商業施設及び住居として使うことになった。無駄にせず、新たな名所にしようと皆乗り気だ。
 連日あーでもないこーでもないと、将来に向けて楽しそうに話をしている。

 絵本については、偶々村を訪れた行商人がその話を聞いて、『布教は任せてくれ』と、協力をかって出てくれたのだ。
 そういった類の話が好きで、商売に行く先々の、伝承などを聞き調べることが趣味らしい。その結果、各地に興味を持ち、協力してくれそうな友人が沢山いると、嬉しい言葉をくれた。

 精霊が消えたことを、ユタは村人全員に話した。自分が原因であることを隠さずに。そして、精霊が見えてなかったことも。

 正確には、ユタもリタも、現在は見えていなかった。ファーニャが波長を合わせず、姿を現そうとしなかったからだ。
 力を使った前後で、ファーニャの姿は変わっていた。どのタイミングを見たかで、お互いの認識する精霊の姿が違っていた。だから、オルカは『女性』と言ったユタを見えていない、『可愛らしい』と言ったリタを見えていると捉えたのであった。

 精霊が消えたことも、見えていると嘘を吐いていたことも、誰も責めなかった。
 ただ、『困った時は頼って欲しい』と言い、『自分達も村のあるべき姿について考えねばならなかった』と、謝罪した。

「もう大丈夫ね」

 翌朝村を発つことを決め、村の皆に挨拶を済ませると、トートとオルカはファーニャの消えた崖に行き、あの時と同じ満点の星空を見上げた。
 村の行く末を思い描きながら、2人はいつまでもその場所を離れようとはしなかった。