第14話:【回想】早瀬さんの送別会② (あの時、一番好きだった君に。)

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 「本当に……怖かった……」
「何があったの?」

 航河君は、後ろを振り返り、誰もいないことを確認して、優しい口調で私に聞いた。

「携帯忘れて、取りに戻ったの。そしたら、早瀬さんがわつぃの携帯持ってて。『隣座って』って言われて、返してほしかったから隣に座って、携帯返してもらって、席立とうとしたら腕掴まれて引っ張られた」
「それであの体勢?」
「うん……胸が口のところにあったから、声届かなかった。身動き取れないし、全然どいてくれないし。航河君が気付いてくれて、本当に助かったよ。有り難う」
「いなかったからさ、早瀬さんも。心配になってね」

 航河君はポンポン、と私の頭を撫でると、ゆっくりと歩き始めた。

「それにしても、怖いな早瀬さん。そんなことしてくるなんて」
「うん……もう、明日からは来ないんだよね?」
「の筈」
「はぁ……良かった」
「今日で最後だから、こんな暴挙に出たのかもね」
「上の人に言うべき?」
「異動先で被害者が出てもアレだしね。何かしらの対処があるのかどうかは置いておいて、報告はしておいた方が良いと思うよ。俺が言おうか?」
「……お願いするよ」

 自分で言う勇気はない。航河君なら最後の瞬間とはいえ見ていたし、きっとうまく言ってくれる。

「はぁ……何だか凄い疲れた」
「今日は早く寝たら?」
「ね。そうしようかな」

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

 私の携帯だ。相手は……

「……早瀬さんだ」
「はぁ!?」
「何だろう……謝罪?」
「まさか。出ない方が良いよ」

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ
 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

 辺りに携帯のバイブ音が鳴り響く。

 ヴーヴヴ

「あ、切れた」
「明日まで電源切っておいたら?」
「そうする。友達にメールだけ返しておこうかな」

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

「わ! まただ!」

 驚いた拍子に、通話ボタンを押してしまった。

「やばっ……押しちゃった……」
「……取り敢えず、出るか……」
「うん……もしもし……」

 自分のミスだ。仕方なく電話に出る。

『もしもし? 千景ちゃん?』
「……はい」
『さっきはごめんね、ちょっと、酔っぱらってて』

 酔っぱらっていたら、何をしても良いのか。そう言いたい気持ちをグッと堪えた。

「そうですか」
『怒ってる? 謝りたいし、これから会わない?』
「……結構です」
『このまま帰っちゃうの? 俺、まださっきの店の近くにいるんだけど』
「もう、本当にいい加減に」
「もしもーし。俺のこと忘れてません? 早瀬さん」

 奪い取るように携帯を手にした航河君は、そのまま早瀬さんと話し始めた。

『……航河か』
「今送ってる最中なんすよ。さっきのアレ見ちゃった身としては、とても早瀬さんの所には連れていけませんね」
『あれは事故で』
「事故? その割には、千景さんが怯えていましたけど」
『お前の気のせいだろ』
「聞こえてましたよ。その謝罪とやらに、俺が居合わせても問題ないですよね?」

 いつもより、航河君の声が低い。恐らく、いや、絶対。怒っている。

『邪魔するな』
「何のです? 『ごめんなさい』って言うのに、人がいたらダメなんですか?」
『……』
「早瀬さん?」
『チッ……』

 プツッ──ツーツーツーツーツー

「切れた」
「早瀬さん、なんて?」
「多分、謝罪を口実に、千景さんのことどうにかするニュアンスだった」
「えっ……」
「千景さん、今日家に帰らない方が良いかも。1人でしょう?」
「そりゃあ、まぁ。1人暮らしだし」
「よし、俺とカラオケコース。朝まで」
「え、ええ!?」
「決定! お風呂だけ入ってきて。俺も入ったら迎えに戻ってくるから」
「でも、迷惑かけちゃう……」
「平気平気。この後『早瀬さんに押しかけられた』とか聞くことになったら、俺ブチ切れるし。それよりいいでしょ」

 結局、シャワーを浴び、迎えに来てくれた航河君と一緒にカラオケに行った。
 その間、早瀬さんから電話がかかってくることはなかった。