第13話:【回想】早瀬さんの送別会① (あの時、一番好きだった君に。)

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 早瀬さんの送別会は、滞りなく行われた。キッチン、ホール関係なく、普段は本社にいるエリアマネージャや部長さんまで参加していた。いつもと違う顔ぶれに新鮮さを覚えながら、一人知っている人がいなくなる寂しさに、思いを馳せる。例えそれが、少々問題のある人だったとしても。

「皆来てくれてありがとね」
「ほんとに早瀬さんいなくなっちゃうんだね」
「広絵も寂しく思う?」
「全然? 別に早瀬さんいなくなっても、広絵寂しくないよ? そのうち新しい社員さん来るだろうし」
「あっさりしてるなー」
「そういうもんじゃない?」

 送別会に選ばれたお店は、系列の居酒屋らしい。モダンな造りで、オシャレな雰囲気だ。畳の部屋に通されたが、広々として使い易そうだ。飲み放題付きのコースで、一部金額をお店が負担してくれたらしい。だから支払うお金は多くなかったが、ちらっと見たメニューに書かれた金額は、学生にとっては少々お高く感じる値段ではあった。
 その分、美味しいご飯が食べられるのだが。

「千景ちゃんも飲んでよ、ほら」

 そういって、早瀬さんがビール瓶を差し出す。

「ごめんなさい、私、アルコール苦手で」
「弱いの?」
「すぐ顔真っ赤になったりするんで」
「えっ。見たい。飲んで飲んで」
「苦手って言ってるでしょ。駄目ですよ、無理強いしたら」
「特に、私ビールって味が駄目なんです」
「嫌いなものは、飲みたくないよねー」

 隣に座っていた航河君が、助け舟を出してくれた。
 アルコールが苦手なのはほんとだ。飲めない訳ではない。寧ろ、甘いカクテルは好きな部類である。だが、すぐ赤くなり、体調が悪いと蕁麻疹が出ることもある。
 先日、航河君と2人で飲みに行ったりしたのだが、その時飲む量が多かったのか、それとも食べ合わせの悪かったのか、はたまた両方なのか、翌日になって腕に蕁麻疹が拡がった。慌てて病院に駆け込んだが、顔に出なくて本当に良かったと思っている。
 ちなみに、2人で飲みに行ったことは、勿論航河君の彼女さんは知っている。その日、航河君の彼女さんは航河君の友人と2人で飲みに行ったらしい。先約は、航河君の彼女さんの方だったそうだ。

「ちょっとくらいさ。はい、グラス」

 早瀬さんは空のグラスにビールをなみなみ注ぐと、私の目の前に置いた。

“こんなに沢山……飲めるわけないじゃん……”

 シュワシュワと小さな泡が生まれては消える、黄金色のグラスを眺めて、私は眉をひそめた。

「だーから。ダメって言ったじゃないですか」

 横から伸びた手がグラスを掴むと、そのまま口へと運ぶ。そのままグビグビとグラスの半分までビールを減らし、唇をペロッと舐めた。

「俺が飲んじゃいますよ。千景さんに注いでも」
「お前の真っ赤な顔なんか見たくないし」
「そう思うなら、もう注がないでくださいね」

 日に日に、航河君の早瀬さんに対する態度というか、接し方が強気になってきた気がする。もういなくなるからかもしれない。

“航河君も、ビールあんまり好きじゃない筈なのに……”

 その飲みに行った時に聞いたが、航河君もビールは好きではないようだ。私と同じように、カクテルか、チューハイは好んで飲むらしい。
 それなのに、私に差し出された分を飲んでくれた。

「あー、航河優しいねぇ。広絵のもあげる!」
「アナタはビール飲めるでしょう!」
「バレた? 梅酒頼もうと思ったのに」
「飲んでから頼みなさい」

 少し酔い気味の広絵のことも、軽くあしらう。まだまだ、航河君は酔っぱらってはいないようだ。

 人数が多いからか、そこかしこで盛り上がっている。時間はあっという間に過ぎて、お開きの時がやってきた。
 各々片付け、外へと向かう。

「あ、忘れ物」

 携帯を置き忘れたらしく、急いで元居た部屋へと戻った。

「あ、千景ちゃん」
「早瀬さん……」

 私の携帯を持った早瀬さんが座っていた。

「隣、座って?」

 言われるがまま、隣に座る。早く携帯を返して欲しい。それだけだ。

「有り難うございます。携帯、貰いますね」

 手に持っていた携帯をもらい受け、急いで立った。

「待って」
「わっ!」

 手首を引っ張られ、バランスを崩す。そのまま床へと仰向けに倒れこんだ。

「いたた……」
「千景ちゃん」
「なっ……早瀬さんどいてください!」
「……」
「むぐっ」

“ウソ……ヤダ……誰か!”

 早瀬さんに覆いかぶさられ、胸元で口が塞がれた。怖い。誰か。助けて。

「千景さん? 皆外で……千景さん!?」

 覗きにきた航河君が早瀬さんを引き離し、私をそこから助け出してくれた。

「何してるんですか早瀬さん!」
「別に……」
「行こう、千景さん」
「うん……」

 涙目の私を引き連れ、航河君は早瀬さんを睨み付けると、外へと向かった。