第17話:涙が枯れても (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 『涙が枯れる』という言葉は、本当に適切なのだろうか。止めどなく溢れる涙は、座り込んだトートの周りの地面に、どんどんと染みを作っていった。
 トートは泣いた。泣いて泣いて、泣き腫らした。彼女にとってファーニャは、長く生きてきた中で、記憶を共にする数少ない友人だったのだ。

 この村を訪れて、まだ1日も経っていない。その短い時間の中で、誰が最愛の友人を亡くす未来を想定出来ようか。

「……お前でも風邪は引くだろう。宿屋に戻るぞ。……きっと、女将も心配している」
「あ……ああ……うわぁぁぁあああ──!!」
「……おい」
「なんで……? なんでファーニャなの? なんで? なんでなの……!!」

 立たせようとトートの腕を掴み、引き上げる。しかし、力の入らない身体は、上に上げる力を阻んだ。

「ちっ……」

 耳に言葉が入らないのか、泣き止む気配のないトートを仕方なしに担ぎ、泣くだけで動けないその身体を運ぶ。
 『少しくらい役に立て』と、ファーニャの消えた場所に遅ればせながらやってきて、意味もわからないままのマイルスに、リタと一緒にユタを運ばせた。

 リタはマイルスと共に、ユタを寝かせる為に自宅へ、オルカはトートを落ち着かせる為に宿屋へ、それぞれ帰路へとつく。

 放心状態で、まだ過呼吸気味に泣き声を上げるトートを、女将は何も言わず出迎えた。そして、『悲しいことや怖いことがあったなら、無理しなくていいんだよ。』と、そっと抱き締めた。
 その裏のない愛情に、トートはまた涙を流す。

 抱き締められた腕の中で、トートはもうとっくに死んだ母親のことを思い出した。そして、それとは違う懐かしさに強く抱き締め返すと、『有り難う』と呟いて、その身を離す。

「……明日、食べられそうだったら、朝ご飯を食べにおいで」
「……うん。有り難う」

 ぐちゃぐちゃの顔で精一杯笑うと、オルカの腕を借りて、よたよたと部屋に戻った。

 こんな時、1人部屋でないのが恨めしい。泣く姿も、その声も、全てが見られてしまうから。

 オルカは部屋にトートを連れていくと、また部屋を出ていった。『風呂に行ってくる』そう言い残して。

 閉じられた扉の向こう側で、トートは布団に顔を埋める。楽しい出来事、嬉しい出来事を遥かに上回る悲しい出来事に、まだ心は追いついていなかった。

「ファーニャ……」

 考えるつもりがなくても、頭の中をファーニャとの思い出がぐるぐると回る。

 初めて出会った時のことは勿論覚えているし、一緒に村の中を飛び回ったことも覚えている。
 自分にかけられた呪いのことも、ファーニャは受け入れてくれた。『じゃあずっと、友達でいられるわね。私もよく生きるわよ』と、ウインクしたのがとても嬉しかった。

 そのお陰で何度も村に立ち寄ったし、長居もした。村の人達も友達のように接してくれたから、とても居心地が良かった。特に、あの、名前が思い出せない、女の子。

 色んな場所を旅した話をすると、特にファーニャは喜んだ。この地から離れられない精霊は、外の世界を夢見るように、うっとりとその話に聞き入る。
 
 いつまでも此処にいたい気持ちが生まれた。離れたくない。そう思ったのは、いつぶりだろうか。
 それでも、変わらぬ見た目が恐怖とならないように、少しずつ離れて行った。

 最後と決めた日、ファーニャは泣いた。私も泣いた。満点の星空の下で、これからどうするのか、どうしたいのか。2人で話した。
 今まで楽しい思い出しか話さなかった中で、つい、ポロっと、悲しかった記憶も打ち明けた。誰かと共有したかったのかもしれない。

 それを聞いて、ファーニャは更に泣いた。その姿を見て、何故か気持ちが楽になったのも覚えている。

「トートに、これをあげるわ」
「! それ、大事なものじゃ……」

 ファーニャは、身に付けていたネックレスを外すと、トートの首に掛けた。キラキラと大きな精霊石が光る。美術館に飾られていてもおかしくない、とてもとても、美しい装飾。

「貴女は私の大切な友達。だから貴女に、持っていて欲しいの。だって、貴女なら、私は想像の人物でも、崇拝の対象でもない、1人の友達としてとして忘れないでいてくれるから」
「ファーニャ……有り難う……」

 約束をした。その石に誓いを込めて。

 人間達が代替わりをし、トートの記憶が薄らいだ頃、また会いに来る、と。
 人の記憶なんて曖昧だ。長い時を掛ければ、歪みも生じるし、忘れることもある。だからその頃、また来ることを約束した。

 あぁ、そうだ。その日、あの名前も思い出せない女の子が、私に赤い花をくれたんだ。それが嬉しくて、『手品を見せてあげる』と、貰った花を永遠の命の中に閉じ込めた。枯れることも、腐ることもない。
 2本貰った内の1本を渡して、『これは魔法の花。枯れないのよ、大事にしてあげてね』と言った。

 あの時女の子は、なんと言ったっけ──

 身体と脳は疲れ果てていたのか、そのままトートは深い眠りにつく。

 風呂から戻ったオルカは、トートが眠ったことを確認すると、自身もまた眠りにつく。

「人間とは、本当に難儀なものだ」

 そう言った顔は、優しい笑みを称えていた。

 ──夢。

 トートは夢を見る。

 ファーニャと共に、このウィンダムの中を、飛び回る夢を。

 離さないよう、その手をしっかりと繋いで。

 そして、眠りながらまた、一筋の涙を流した。