第12話:【現在】歓迎会② (あの時、一番好きだった君に。)

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 「腕? 痛くない?」
「大丈夫。有り難う」

 掴まれた腕をさする。赤くなったりはしていない。痛いとかよりも、どちらかというと驚きの方が大きかった。

「旦那さん、待ってるんでしょ?」
「うん。えっと……あ、いたいた」

 見つけた車の後部座席に、張り付いた夏乃が見えた。

「あれ、娘さん?」
「夏乃っていうの」
「へぇ」
「じゃあ、行くね。付いて来てくれて、有り難う」
「いえいえ。気を付けて帰ってね」
「うん!」

 手を振り、車へと駆け寄る。後部座席のドアを開け、中へと乗り込んだ。

「お疲れ」
「お疲れ様。ありがと、迎えに来てくれて」
「夏乃も来たいっていうし、危ないしね、いいよ」
「ママおかえりなさい!」
「ただいまー夏乃」

 スリスリと頬ずりをする。柔らかくてスベスベしている。

「……あの人は? 一緒に出て来た人」
「あぁ、航河君? ほら、前バイト先で一緒だったって話したでしょ、その子」
「ふぅん。送って行かなくていいの?」
「まだ終わってないから、多分、最後までいるんじゃないかな」
「そう」

 航河君はまだ店に入らず、こちらを見ていた。ひろ君が頭を下げると、それに気付いた航河君も、ペコっと頭を下げた。

「行こうか」
「うん」

 ゆっくりと車を発進させる。私は航河君に手を振った。手を振り返してくれた航河君が見えなくなる。

 既に眠たそうな夏乃の頭を撫でながら、夏乃にせがまれて歌を歌ったり物語を語ったりした。お風呂上がりの2人からは、シャボンの良い匂いがする。煙草と飲食店の匂いのついた自分とは正反対だ。

「あー、早くお風呂に入りたい」
「タバコのニオイ?」
「うん。タバコ嫌いだもん」
「帰ったらすぐお風呂に入ったら?」
「そうする」

“あ……そういえば、航河君タバコ吸ってなかったな。まだ禁煙、続いてるんだ”

 出会った当時、航河君はタバコを吸っていた。未成年なのに、だ。でも、私と一緒にいる時は吸わなかった。『タバコ嫌いでしょ?』と。
 その気遣いが嬉しかった。ある日、一緒に帰る時、おもむろにタバコの箱をゴミ箱に捨てた。まだ、中身は入っていたのに。
 『もう辞める』と言ったその日から、バイト先でも、出かけた時も、飲み会でも、航河君がタバコを吸っている姿を見ることはなくなった。
 禁煙は難しいというが、そこまでヘビースモーカーではなかったのだろうか。なんにせよ、彼の健康が守られて、自分も大事にされているような気がした。

 家に着いてから、急いでお風呂場へと向かう。早くこのニオイとオサラバしたい。
 私がお風呂に入っている間、ひろ君が夏乃を寝かしつけてくれていた。私が出て覗くと、ムニャムニャなにか喋っている夏乃に、小さな声で『ママ戻ってきたよ』と言う。そうすると、夏乃が笑顔になった。

 急いで駆け寄り、『おやすみなさい』と頭を撫でる。『おやすみなさい』そう言って、夏乃も眠りへとついた。

「飲み会どうだった?」
「もう行きたくない」
「あはは、今回は千景の歓迎会だったからね、次は出なくてもいいんじゃない?」
「ほんとそれ。あー、疲れたー」
「お疲れ。早く寝ちゃったら?」
「うん、そうする」

 私は航河君に『見送り有り難う。二次会行くの? 頑張ってね』とkiccaを送り、早々に布団に潜り込んだ。

 寝る前に思い出したのは、早瀬さんのこと。今日、腕を掴まれて思い出した。まるでフラッシュバックのように、脳裏に当時の光景がよぎる。

 社会人になってあんな風に腕を掴まれたのは初めてだが、昔もあったじゃあないか。同じように、航河君に助けられて。
 ──あちらの方が、圧倒的に酷かったが。