第16話:誰が為の (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 いち早く我に帰ったリタは、ユタの後を追う。少し遅れて、トートとオルカもリタの後を追った。

 覚束ない足取りで、それでも一歩ずつ確実に、ユタは前へと進んでいた。それは、思い出の場所でもあり、全ての元凶でもある場所。

 自分が落ちて助けられた、あの崖の上。
 宙と地面の境目ギリギリに立つ。

 大きく丸い月に照らされて、まるでユタ自身が白く光っているように見えた。

「ごめん、ごめんなさい……」

 口をついて出る言葉はこればかり。先程からずっと、ユタは謝罪の言葉を呟いていた。ごめんなさい、ごめんなさいと、さながら壊れた九官鳥のように。

「──ぁ! 兄様! ダメ! ダメです──!」

 リタが追い付く。

 だが、とっくにユタの精神は限界だった。家族が死に、間接的に『それはお前のせいだ』と言われ、自身の軽率な行動のせいで、赤の他人の命までも消えた。
 なんとか村長として責務を果たそうとするも、村の生命線は底をつき、第二の案も枯れていった。打つ手がない。
 その内この、村の人間達も嫌気がさして出て行くかもしれないし、もしかしたら共に滅びる道を選ぶかもしれない。

 全ては悪い方に悪い方に、考えるようになっていたのだ。

 全部自分が悪い。

 全部自分のせいだ。

 全部、全部。何もかも、が。

「違う! 兄様! お願いだから話を!」
「ごめんねリタ」

 自分に声を掛けたリタに向かって、振り向きもせず、それでも、今まで聞いた中で一番、明瞭で遠く届く声で言葉を返す。

「こんな兄でごめんね。でも大丈夫。私が死ねば、またきっと、精霊石が蘇る。リタに精霊が見えるなら、助けてもらえる筈だよ」
「兄様! 違うんだ! 兄──」

 トン──

 足場を蹴ったユタは、一瞬宙に浮いた。そして、谷底へと吸い込まれていく。

 飛んだのだ。あの時の母と、同じように。

「やぁぁぁあああ! 兄様! 兄様ぁぁああぁぁぁ!」

 リタの声が反響する。少し遅れてきたトートとオルカは、その場に膝から崩れ落ちるリタと、他に誰もいない崖を見て、起こったことを理解した。

「あ……あぁ……。だ、ダメ、だよ……兄様……。そんなこと……そんなことしても……」

 唸り声を上げる獣のように、リタは今までに見せたことのないような顔と声で泣いた。

「大丈夫よ、リタ」
「──え?」

 涙を拭き顔を上げると、そこには宙に浮くファーニャ。その腕には、自身の身体に不釣り合いな大きさのユタを抱えていた。

「久し振りね。貴方達に会うのは、怪我をしていたり泣いていたり、ホント、ロクな時じゃあないわね」

 ふふっと笑って、ファーニャはユタを地面に寝かせた。
 ユタは綺麗な身体をしている。頭についた、今も流れる血を除いては。

「ファーニャ……」

 リタはまた、涙を流す。

「そんなに泣かないで。悲しくなっちゃう」
「だ、だって……」

 ファーニャはそっと、ユタの髪を撫でた。そしてその手で、リタの頭を撫でる。

「ねぇ、トート?」
「……何かしら」
「トートにとって、私は、ファルナーニアは、どんな存在だったかしら」
「──友達よ。ファーニャは、私の大切な友達。当たり前じゃない」

 そう答える声は、震えていた。

「有り難う。私にとっても、トートは大切な友達よ」

  目を瞑り、深呼吸すると、ファーニャは両手を広げて立った。

「私ね、ずっと1人だったの。でも、この村が出来て、偶に私のことが見える人間がいて、意外とさじ加減でなんでも出来て。ガラッと生活が変わった。辛いことも、楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、苦しいことも、愛しいことも、数えられないくらい沢山沢山あったの。一部は、トートとも共有したわね」
「……ええ、そうね」

 掠れた声で答えると、鼻をすすった。

「その全部で、今の私が出来ているの。初めて貴女と会った頃と、見た目は変わってしまったけど。私に気が付いてくれて、本当に嬉しかった」
「な、何よ……そんなの、当たり前じゃない……」

 声が小さくなる。

「私がプレゼントしたそのペンダント、持っていてくれて嬉しかったわ。派手かなぁ、ってちょっと思ったけど、そんなことないわね。良く似合うわよ」
「……私……何でも似合うんだから……。それに、大事な友達からの、大事なプレゼントよ?」
「とても良く似合ってる。オルカも、そう思うでしょう?」
「──ああ。そうだな」

 いつもは悪態を吐くオルカも、今回は素直にそう答えた。これ以外、他に答える言葉はない。

「私は、精霊だから。この村の、風の村ウィンダムの精霊だから」
「そ、そんな、の。知ってる、わよ」

 俯くトート。

「村長を、守らないとね」
「ファーニャ!」

 顔を上げたトートは、その両の目から涙を流した。目尻に溜まった涙は、睫毛を伝い、頬へと流れていく。顎の先で行き場を失うと、ポタ、ポタ、と、地面の色を変えにいった。

「リタ、ごめんね。私、貴方のお母さん、守れなかった。知らない男の人も、守れなかった。助けたかったけど、力を使い果たして、自分が消えると思ったら、怖くなったの」
「やめてよ、ファーニャ……そんな話は……」
「せめて精霊石を、と思ったけど、こんな身体じゃあ満足な量も作れなくて。本当に、ごめんね」

 ファーニャを光が包む。淡く白い光が、徐々に強くなっていく。

「トート。私は、貴女と友達になれて、本当に幸せだった。こんなに時間を共有出来る誰かがいるなんて、想像してなかったの。有り難う」
「ファーニャ……貴女……ねぇ、私が、代わりに……」
「ダメよ。貴女は人間なの。そう、ただの人間なのよ」

 トーンの落ちた声。威圧するようなその声に、諦めてトートは言おうとした言葉を飲み込んだ。

「……私は……私の方が……えぇ、幸せだったわ」
「有り難う。──オルカ。約束、守ってね」
「……心得た」

 ファーニャはその顔に、今まで存在してきた時間の中で、誰かに見せてきた表情の中で。1番の笑顔を讃える。

「ねぇ、トート。貴女のことを愛してる。さよなら。その御身に、幸、多からんことを──」

 叫ぶように重ねた言葉が消え、更に光が強くなる。その場にいた全員が、眩む前に目を閉じた。

 次に目を開けた時、ファーニャの姿はなくなっていた。
 満点の星空と月明かりに照らされた、頭の傷が綺麗に消えて、静かに眠るユタと、呆然と立ち尽くすリタ、不釣り合いな黙祷を捧ぐオルカに、人目も憚らず、座り込んで大声で泣くトートを残して。