第10話:【回想】突然の……③ (あの時、一番好きだった君に。)

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 その後、実際にご飯の日が来るまで、私と早瀬さんが2人きりになることはなかった。たまたま航河君とシフトが被り、早瀬さんと2人にならないように配慮してくれたのである。
 早瀬さんは毎度何か言いたそうな顔をしていたが、こちらも開き直って『どうかしましたか?』とニッコリ笑って言うと、『いや、なんでも』と、バツの悪そうにその場を去って行った。

“航河サマサマだな”

 お店も航河君が決めてくれ、時間も早めの集合解散となった。

「俺が迎えに行くよ、千景ちゃん」
「俺家近いんで一緒に行くんで大丈夫です」
「あ……そう」
「迎えに行くって、家何処か知ってるんですか?」
「まぁ、うん」
「それなら、3人で一緒に向かっても良いですよ」
「いや……いいや」

 私が何も言わずとも、全て航河君が返してくれていた。申し訳ない気持ち半分と、有難い気持ち半分。これだけしてくれるなんて、早瀬さんの女癖はどれほど悪いのだろう。気になるが、踏み込んではいけない気もした。

 当日、私は航河君と待ち合わせをし、お店へと向かった。小洒落た居酒屋で、オレンジ色の照明が温かい。座席も4人席に、私と航河君が隣同士、向かいに早瀬さんが座る。
 ギクシャクしたり、何処か素っ気無い食事になるかと思っていたが、そんな心配は無かった。普通に喋り、普通に喋る。初めこそ、探り合いのような、気を遣うような話し方ではあったが、次第にそれも消え、笑顔が溢れた。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

 不意に携帯が鳴る。

「あ、ごめん、ちょっと出てくる」

 航河君は着信の相手を確認すると、そそくさと店の外へと出て行った。

「千景ちゃん」
「はい? 何でしょう?」

 航河君はいない。ニコリ、と笑顔を作ったが、顔は強張っていただろう。

「迷惑だった?」
「何がですか?」
「ご飯に誘ったの」
「……ずっと、冗談だと思ってましたし、いっても誰か誘うだろうと思ってました」
「そっか」

 少しの沈黙。気まずい。

「それにしても、航河保護者みたいだね、千景ちゃんの」
「そう見えます?」
「見えるねぇ。彼氏かお兄ちゃんか、お父さんって感じ。見張ってる感あるもん」
「あはは、心配性なのかもしれませんね。助かりますけど」
「まるで千景ちゃんが彼女みたいだよね?」
「まさか。航河君彼女いるじゃないですか」
「それでもなんか、番犬みたいだし……」
「不審者に唸って噛み付きます?」
「そんなに怖いことはないけど……」
「気にしてくれるのは、有難いですよね」
「こっちとしては……いや……」

 ブツブツ何か言っている。微妙に噛み合わないような、的外れのような、そんな返答をして場を繋ぐ。

「ねぇ、千景ちゃん、彼氏いないんだったよね?」
「えっ、ええ」
「……航河とも付き合ってないんだよね? 本当に」
「ないですよ、友達です。あぁでも、年下なのに、確かにお兄ちゃんみたいですね、航河君」
「……じゃあさ、俺、異動して今の店には居なくなるけど、俺と付き」
「いやー、友達でした! 『今日飲みに行かない?』って、もう飲みにきてるからって断ったけど。……あれ? どうしました?」

 ナイスタイミング。

 笑いながら航河君が戻ってきた。まるで見ていたかのようなタイミングで。私も早瀬さんも航河君の顔を見て、お互いに違う表情をした。

「……? あれ? どうしたの?」
「んー? 何でもないよ?」
「お前……わざとか?」
「何がです?」
「……いや、何でもない」

 はぁ、と大きく溜息を吐き、早瀬さんは諦めたような顔をした。

 お会計を済ませ、何事もなく家路へと向かう。

「俺がいない間、早瀬さんに何か言われた?」
「そうねぇ。ご飯迷惑だった? とか、彼氏いないよね? とか」
「……ふーん」
「あとね、航河君のこと、番犬とか保護者みたいって言ってたよ」
「番犬て」
「多分、多分ね。航河君がちょうど来た時、『俺と付き合って』って言われかけたと思う」
「……マジで? あの人は本当に……」

 呆れた顔をして、航河君は首を振る。

「だから、助かった。ありがとう」
「いいえ。色々回避出来たなら良かった」

 航河君が、少し高い位置に掌をかざし、こちらに向けた。

「ん」
「え? ふふっ。あざっす!」
「あいよ!」

 パン! っと渇いた音が辺りに響いた。ハイタッチを交わし、無事今日が終わったことを噛み締めるのだった。