第9話:【回想】突然の……② (あの時、一番好きだった君に。)

スポンサーリンク

 ”どうして……。どうして早瀬さんが私の番号を知ってるの!?”

 予想外の出来事に、身体が固まる。声が出てこない。

『千景ちゃん? もしもし?』
「千景さん? どうしたの?」

 少し強めの航河君の声にハッとする。

「あ……えっと」
『聞こえてる? 大丈夫?』
「だ、大丈夫です」

 あまり大丈夫ではないが、早瀬さんに動揺が知られてはいけないと思い、平気な振りをした。

『いやさ、千景ちゃん全然携帯に連絡くれないからさ』
「ごめんなさい、その、なかなか……」
『良いよ良いよ、こっちからかければいいんだし』
「あの、その、私の番号……」
『あぁ、分からなかったから、店にしまってあった履歴書見て掛けた』
「え?」

 まさかの回答だった。履歴書を見て掛けてくるなんて。仕事でならわかるが、仕事ではない。個人情報とは一体何なのだ。背中に悪寒が走る。この、言葉にし難い恐怖に。

『ところでさ、ご飯、いつにする?』
「ご飯ですか?」
『そうだよ、前話したでしょ?』
「冗談、ではなくて?」
『冗談だったら、番号書いた名刺渡したりしないよ』
「あ、あはは、そうですよね…」

 冗談だと思っていた。いや、冗談だと思うようにしていた。男性と2人で、しかも社員さんと。気を遣うだろうし、乗り気ではなかった。だから、電話もかけないようにしていたし、この1週間、仕事で同じになっても、なるべく2人きりにならないように注意していた。2人きりになると、いつもご飯の話をされたから。その苦労が、一瞬で無駄になるなんて。

「どうしたの?」

 航河君がこちらを覗く。

「あ、と、ちょ、ちょっと待っててもらっていいですか?」
『良いよ良いよ、予定でも確認するのかな?』

 マイク部分を手で塞ぎ、携帯を下におろす。

「どうしよう……社員の早瀬さん」
「えっ? 連絡先、交換したの?」
「してない。一方的に携帯書いた名刺はもらった、一週間前に」
「誰かに聞いたってこと? 俺聞かれたけど、『知らない』って言った」
「……履歴書見たって」
「わお。凄い執念。んで、なんだって?」
「ご飯行こう、って。前言われたの。『今度異動するから、ご飯行こう、2人で』って」
「……あー。やっぱ狙ってたか」
「断わるのも怖い……」
「行かないってハッキリ言って、良いと思うけど?」
「だって、勝手に履歴書見て掛けてくるんだよ? 断わったら何言われるか……」

 断わりたい、だが、早瀬さんが異動するまでまだ時間もある。関係が悪くなって、仕事に支障をきたしたら、なんて考えると、断わるに断れなかった。

「仕方ないなぁ。2人じゃなければ、千景さんまぁ行っても良いと思う?」
「……うん。でも、2人っきりでって言ってたから……」
「貸してみ、携帯」
「あ、うん」

 少し不安に思いながら、マイクから手を放し、航河君へと渡した。

「あ、お疲れ様です。航河です」
『え? 航河?』
「仕事帰りっす。千景さん送っていくところで」
『あっ、あー、そうなの。お疲れ』
「ちょっと聞こえましたけど、千景さんとご飯行くんすか?」
『いや、その』
「良いなー、俺も連れてってくださいよ」
『ちがっ……』
「千景さん、男性と2人は、怖いみたいですよ? 昔変な人がいたって」
『へ、へぇ、そうなんだ』
「嫌われたらショックじゃないですか? だから、3人で行きましょう!」
『まだ行くと決まっ』
「良いですよね? じゃあ、俺に連絡ください。これから。俺気遣わないし」
『航河あのな』
「いやー、俺楽しみだわー。店決めていいっすか?」
『……はぁ、分かったよ』
「決まったらお店で言いますね」
『分かったから、千景ちゃんにかわっ』
「じゃあ、帰るの遅くなってもいけないんで、切りますねー。失礼しまーす」
『おいコラまだ』

 プツッ──

「これで良いんじゃない?」
「あ……有り難う」
「俺も行くし、店も俺が選ぶし。帰りも送って行くから。心配しなくても大丈夫だよ」
「うん」
「いやー、本当に誘ってくるとは。あの人、彼女とか彼女みたいなの何人もいるみたいだし」
「えっ? マジか……」
「マジマジ。その1人にされないよう、まだ気を付けなきゃね」

 そのまま、いつも通り家まで送ってくれた航河君が、何故だかいつもよりカッコ良く見えたのは、私の片思いの本の始まりだったのだろう。