第13話:不運の男 (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「うぐっ……うえぇ……」

 グズグズと泣く男を引き摺られるようにして、オルカはトートと共にユタの家を訪ねた。
 まだ腕が痛むのだろう。一度吹っ飛んだ腕を愛おしく撫でながら、大人しく引き摺られていく。

「なぁ、なぁ。僕の腕、もうくっついたんだよな……?」
「さぁ? 合わなければそのまま腐るだけだ。精々祈るんだな」
「そ、そんな……!」
「……? 貴様如きに、何故私がそのような温情をかける必要がある? 生きているだけ有り難いと思え」

 絶望がそのまま貼り付いたような顔をして、連れていかれる姿はまるで捕虜のようだ。
 実際、ユタの本性を引き摺り出す為の捕虜なのだが。

 ユタの元へ向かうまでの間に、この愚かな男から得た情報。

 一つは、ユタはトートの持つ精霊石を、本当に欲しがっていたということ。顔を合わせた時にも言っていたが、どうしても欲しいもののようだ。もう此処には、これほど立派な精霊石は存在しない。村の、いや、村長としての威厳の為にも、どんな手段を使ってでも欲しいモノなのである、と。

 二つ目は、トートから譲ってもらうことは不可能だと分かり、力尽くでも欲しいと思った結果、村長の自分が奪うのはマズイと思い、配下の人間に盗ませたこと。
 身に付けていたペンダントを見ていなければ、それが該当の精霊石かどうかは分からない。分かる人間を選ばなければ。そう、この男は、村の表にいた、マイルスと名乗る男であった。
 村長への尊敬の念と、少々の脅しによって、危険な依頼を受けることにしたらしい。

 三つ目は、精霊石さえ無事に得ることが出来るのならば、トートとオルカを傷付けても、最悪の場合、殺しても構わないと言われていたこと。
 マイルスはそんなことをするのが嫌だった為、2人が居ない間に探して持ち出すことを考えた。
 不幸だったのは、ペンダントを身に付けたまま、トートが食事とお風呂に向かってしまったこと。そして、探すのに必死で、途中から時間の経過と物音に注意を払うことを、疎かにしていたこと。この二点である。

「それって、もし、見つけたのが私だったら、下手したら殺されてたかもしれないってこと? 危な……」
「それは非常に惜しいことをしたな」
「何それ。酷くない?」
「酷くない」

 更に、よりにもよって見付かった相手はオルカ。こんなことをしでかす相手に手加減をする訳もなく、そもそも魔王という立場上、人間を殺すことに何ら抵抗はない。寧ろ、殺されなかったことが奇跡というレベルである。よって、当たり前のように痛い思いも怖い思いもすることになった。

 案内役としていつもの様に村の外を見張り、其処にやってきた旅の者が、たまたま精霊石を持っていた。喜ぶだろうと村長の元に連れて行ったら、その人達の持つ精霊石を、盗んで来いと言われた。相手の生死問わず。

 条件上、否応無しに引き受けることとなり、仕方なく怯えながら、主の不在を見計らっても盗みを働きに行くも、主だけでなく精霊石も無い。焦ってただひたすらに探すも見つからず、それどころか逆に自分が見つかってしまった。

 自分に残されたのは、吹っ飛んでまたくっついた右腕と、首元の爪痕。
 そして、泥棒に入り失敗した事実である。それらを携えながら、さながら処刑場に向かう罪人のような顔をして、ユタの家の前に立っている。

「入るぞ」
「ま! 待って! こころ、心の準備がまだ……!」

 ドンドンドンドン────ドンドン──

「ひぃぃぃ!」

 マイルスの言葉など求めていない2人は、家の中に居る筈のユタに向けてドアを叩いた。

 …………

 返事がない。

「……? 誰もいないのかしら?」

 暫くして、トタトタという音が近づいて来た。

「……ぁ、はぁ……す、すみません!」

 バタン! と勢い良く扉が開き、中からはリタが顔を出した。

「ド、ドアを、ドアを叩く、はぁはぁ……音がが……聞こえ……て、ふぅ……直ぐに手が、離せませんでして、はぁ……はぁ……」

 息を切らしてやってきたリタは、甘い匂いがした。

「……リタさん良い匂いがする」

 トートは鼻をスンスンと鳴らしながら、キラキラした瞳でリタを見る。

「はぁ……あ、ふふっ。今、明日のおやつにクッキーを焼いていたのです。ふぅ。焼き加減を見ていたので、遅くなってしまって。すみません。もし良ければ、ご一緒しませんか?」
「……クッキー?」
「えぇ。夜ご飯は食べられましたか? お腹に余裕があれば、お茶を淹れますよ」
「すまない。ユタに用事があってな」
「あっ! 失礼しました。用事があったから来たのですよね。ご案内します。どうぞ」

 しゅんとなるトートを尻目に、オルカはマイルスを相変わらず引き摺ると、家の中へと入っていった。
 それに気付いたリタは驚いた表情を見せたが、すぐにまた、いつものニコニコとした笑顔に戻り、視線を外す。マイルスといえば、リタが気付いた時、一縷の望みとでも思ったのか、縋るような瞳でリタをじっと見たが、伝わらず外された視線に酷く落胆していた。

「兄様。リタです」
「……何だ?」

 くいくい、っと、トートはリタの服の裾を引っ張り、マイルスを指差した。

「……んんっ、コホッ……マイルスが来ております。通しても宜しいでしょうか?」
「おお! マイルスか! あぁ、通してくれ」

 初めの返事よりも、浮ついた軽い声が届く。
 オルカに背中を押され、嫌々ながらもマイルスはドアノブに手をかけた。

 ガチャ──

「し──失礼致します。マイルス、です。ユタ様……」
「マイルス! 待っていたぞ。思ったより時間がかかったな。それで、どうだっ……た……」

 その後ろから覗く姿。

「御機嫌よう。ユタさん」
「随分と手荒い歓迎、悪いが、中止させてもらった」

 マイルスの怯える顔と、背後の2人を交互に見て、ユタはベッドの上で凍り付いた。