第8話:【回想】突然の……① (あの時、一番好きだった君に。)

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 「どう? 3か月も経ったら、仕事にも慣れた?」
「はい、お陰様で。随分出来ることも増えましたし、忙しくても何とかこなせるようになりました」
「そっか、それなら良かった」

 この職場の人はみな優しい。最近は、早瀬さんと同じシフトになることが多く、逆に店長は休みの日が私の出勤日と被る日が多いらしく、顔を合わすことが少ない。

 今日は休日。私は一日バイトを入れた。

「そうだ、俺、今度別の店舗に異動になるんだよね」
「あれ? そうなんですか?」
「うん。折角仲良くなったのに会えなくなるから寂しいわ」
「あはは、知っている人がいなくなってしまうのは、少し寂しいですね」
「ほんとに? そう思う?」
「え? ……えぇ」
「そんな風に言ってくれるの、千景ちゃんだけだよ」
「いやー、そんなことないですよー、きっと」

 一瞬、『言ってはいけないことを言った』気持ちになった。それは、次の瞬間、当たることになる。

「じゃあさ、異動の前に、一回ご飯行こうよ」
「へっ? ご飯ですか?」
「そうそう。落ち着いて食べたいしさ、2人で」
「えーっと……」

 言葉に詰まる。想定していなかった。早瀬さんと2人でご飯食べに行くなんて。航河君に注意するよう言われていたから、気にしていたつもりだったのに。迂闊だった。

「これ、あげる」

 差し出された名刺。早瀬さんのものだ。よく見ると、手書きで携帯番号が記入してある。

「良かったら電話して」

 早瀬さんは強引に私に名刺を渡すと、『午後は休みだから』と、帰って行った。

 ──そこから一週間。私は連絡をしなかった。

「千景ちゃん帰ろー」
「はいはい。そっち終わった?」
「うん。先出て入り口の前にいるから」
「わかった。着替えるからちょっと待ってて」

 今日はラストまでのシフトだ。シフトが一緒になると、航河君はいつも家まで送ってくれる。割と近所に住んでいるかららしいが、『一人で出歩くのは危ない』と、気にしてくれているのだ。
 航河君には、彼女がいる。女性と2人きりになるのは嫌がりそうなものだが、航河君の彼女は一切気にせず、例えば、2人で飲みに行ったりするのも平気だと聞いた。その代わりなのかはわからないが、航河君の彼女も男性と2人きりで飲みに行くし、遊びにも行く。お互い、事前に報告するそうだが。

“ヤキモチ妬いちゃう私には、よくわからないわ……。送ってもらえるのは有難いから、彼女さんに感謝感謝”

 思わず手を合わせて誰もいない空間に向かって拝んだ。
 現状、私には報告する相手も、ヤキモチを妬く相手もいない。

 もうすぐ本格的な夏になるだろう今の時期、外に出ると生暖かい空気に包まれた。夜も更けた静けさの中に、虫の音が聞こえる。航河君は自転車通勤、私は電車通勤だ。一緒に帰る時は、2人で歩くか、見つかったら怒られるが航河君の自転車に2人乗りしている。

 同じスピードで、家までの道を歩く。

 ヴーヴヴ、ヴーヴヴ

 すると、私の携帯が鳴った。

「あ、待って、電話」

 着信を見る。名前が出ない。知らない番号からだ。

「……誰だろ」
「出なくて良いんじゃない? 用事あったら何度かかけてくるでしょ」
「だよね、なんか怖いし」
「時間も遅いしね」

 電話は取らず、ポケットに携帯をしまう。すると、電話は切れ、少ししてから再度鳴った。

「あれ、また……。さっきの番号だ」
「出てみる? 知り合いかもしれないし、悪戯だったら俺代わるし」
「ありがと。出てみる」

 ドキドキしながら、通話ボタンを押した。

「……もしもし」
『もしもし? 千景ちゃん?』
「……はい」

“えっ、知り合い?”

『俺だよ、早瀬』
「……え!? 早瀬さん」

 驚いて大きな声を出してしまった。

『驚いた?』

 驚くに決まっている。私は早瀬さんに電話番号を教えていないし、先日渡された名刺に書かれた番号に、電話もしていないのだから。