第12話:見誤る (涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様)

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 「……物語と呼ぶには、あまりにもお粗末だな。……色んな意味で」

 静かに絵本を閉じる。

「これでも一応、子供向け、って言うのがねぇ。まぁ、この絵本の元になった方は、残酷な中身ばかりで、うんざりしちまうけどね。平気なら、読んでみたら良いよ。其処のラックにあるからさ」
「何故、女将はこの絵本ではなく、言い伝えを信用するんだ?」
「そりゃあ、こんな嘘にまみれた話信用したくないからねぇ」
「何故分かる?」
「それはね、内緒だよ。でもきっと、にーちゃんにも分かる筈さ」

 女将はコーヒーを飲み干すと、キッチンへと戻り、洗い物をし始めた。気分が良いのか、鼻歌が聞こえる。

 言われるまま、オルカは席を立ち、近くにあった本の入っているラックを覗く。背表紙に『涅槃の魔女』と書かれた、古めかしい分厚めの本を取ると、また席に着いた。

 ドスッ──ドンッ──

「?」
「おや? 2階から何か音がするね? お嬢ちゃんがお風呂から出たのかな?」
「──いや。それならば此方をまず覗く筈だ。『風呂があいた』とな」
「じゃあ……」
「女将以外の従業員は?」
「休憩室で食事してるよ。おーい! あんた! サリィ!」

 女将が声を張ると、食堂の奥にあるドアが開き、そこから2人の人間が出てきた。

「なんだ?」
「なに? お母さん」
「旦那と娘だよ。ウチは家族経営だからね。今2階から、何か音が聞こえなかったかい?」
「そういえば、重いものが動くような音がしたな」
「私も聞こえた」
「……他に客はいないんだったな。私が見てこよう。悪いが、女将達は3人で行動して、風呂場のアイツを確認してきてくれないか」
「分かったよ」

 オルカはまた席を立ち、3人が風呂場の方に向かったことを確認すると、1人2階へと向かった。
 階段を登れば軋む音がすると考え、力を使い、身体を浮かせ進んだ。注意深く2階の廊下を進む。

“──何処だ?”

 異変に気付く。自分が部屋を出た後、アイツが出てドアを閉めた。ガチャンという音と共に、鍵は閉めた筈だ。なのに何故か。目の前の部屋のドアが開いている。

“──何者の仕業だ”

 微かに聞こえる、何かを漁る音。

 バタン──!

「誰だ!」

 オルカは勢い良くドアを開け放った。

「ひぁぁああ──!」

 マヌケな声を出して、その音から察するに男が尻餅をつく。マントについたフードを被っており、イマイチ顔が分からない。
 オルカはその背後を取ると、力を込め爪を首筋に立てた。

「何をしている」
「いや……あ……のぉ……」

 男の震えが伝わる。ゴクリ、と喉を鳴らし、浅く息をしているようだ。
 グググ、と徐々に込める力を強くすると、布を破って、ぷつっ──と爪が皮膚を喰らう音がした。

「あああああ──」
「悪いが、貴様の命など私にとってはゴミでしかない。一瞬でこの首を捥ぐ事も出来る。生きたければ答えろ」

「い……あ……いっ、石……石を……」
「石?」

 首を縦に振るが、掴まれているため、上手く動かすことが出来ない。
 恐らく、精霊石のことだろう。

「誰に頼まれた? 独断か?」
「はっ……は……ユ……タ……さ、ま……」
「……ユタ、だと? 嘘であれば容赦はしない。分かっているな?」
「ちが……う、そ、じゃな……あ……ひぃ……っ」

 男の背筋が凍り付く。オルカから発せられる気が、今まで生きてきた中で感じた事もないような、恐ろしく冷たいものだったから。

 バタバタバタ──

 複数の足音が聞こえる。それは部屋の前で立ち止まると、その身体で影を作った。

「無事かい!? 嬢ちゃんは」
「オルカ! 何があったの!?」

 女将の後ろから、トートが現れた。胸元に、精霊石のペンダントを光らせながら。

「このっ……!」
「……! チッ──!」

 緩くなった指を解き、男はオルカの元から逃げ出した。そして、トートの胸元に精霊石を見つけると、勢い良くそのまま飛びかかった。

「あああああ! それ! っ……それぇぇぇええぇえ!」
「い……っ……やぁぁあああ!」

 突然のことに悲鳴をあげる。男は臆することなく、精霊石を欲してトートを襲う。
 あと少しで、男の指が精霊石にかかるという時。
「……爆ぜろ」
「あっ……あ、あ? ──! あぁああぁぁああ──!!」

  そう小さく呟くと、オルカの指先が光り、その光が捉えた男の、トートへと伸ばす右腕が飛んだ。

「な……え……?」

 女将はその場に座り込んだ。何が起こったのかは分からない。ただ分かるのは、目の前の男の腕が取れた。それだけだった。

「女将! 大丈夫か?」
「……え? あ、ああ……」

 男の言葉になっていない悲鳴を背に、オルカは声を掛ける。

「この男は、腕に何かをつけていた。そのせいかもしれない」
「えっ、あっ、そう、そう、そうなんだね。うん、あぁ、うん」

 状況を把握しきれていないが、脳味噌はさっさと処理をしてしまいたかったらしい。オルカの言葉を飲み込んで、女将は『そうだね、そうなんだね、あらまぁ、なんてこと』と、ブツブツと独り言を呟き続けた。まるで、自分に言い聞かせるように。

「うぇっ、うでっ……ぇ……がえじで、ぼぐ、ぼ、ぼぐの、うでえぇぇあ……あっああ……うううぁぁあ!!」

 ドクドクと流れる血は、床を暗い赤に染め上げた。ヒューヒューと穴の空いた音を出す呼吸をしながら、その場に倒れこむ男。

「人間は面倒だな。仕方ない。解せぬがこのままにもしておけぬか」

 正気を失いかけた女将を見て、オルカは面倒臭そうに男の腕を拾った。

「……オ、ルカ?」
「話を聞かせてもらおうか」

 怯えるトートを他所に、掴んだ腕の繋ぎ目が合うように、乱暴だが正確に合わせる。

「腐るかどうかは相性次第だな。さぁ、己を糧に戻れ」

 その言葉を合図に、ウネウネと腕の組織が組み合わさってゆく。床に染み込んだ血は表面に浮き出て、水銀のような小さな球体を幾つも作りながら、腕へと吸収されていった。

「あああああ──!」

 男はカッと目を見開くと、歯をカタカタ鳴らしながら、また床へと倒れ込んだ。

「女将。どうやら我々は試されたらしい。この男はマジシャンか何かか?」

 声の届いた女将は、ハッと倒れこむ男を見た。

「あ、れ?」

 その目に映ったのは、腕が元通りになり、血溜まりの消えた床に倒れこむ、男の姿だった。